大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)126号 判決 1998年12月14日
甲事件原告
隈部紀彦
甲事件原告
新開勝政
甲事件原告兼乙事件被告補助参加人
竹本正幸
(以下、単に「甲事件原告」という。)
甲事件原告
佐々木陽一
右四名訴訟代理人弁護士
大江洋一
松丸正
野村克則
青木佳史
村田浩治
乙事件原告兼甲事件被告補助参加人
新日本製鐵株式會社
(以下、単に「乙事件原告」という。)
右代表者代表取締役
今井敬
右訴訟代理人弁護士
高野裕士
甲、乙事件被告(以下、単に「被告」という。)
大阪府地方労働委員会
右代表者会長
川合孝郎
右訴訟代理人弁護士
中村健
右指定代理人
田中哲男
奥田正行
中美子
田中敏明
主文
一 被告が平成元年(不)第四一号、平成二年(不)第一一号、平成三年(不)第三八号及び平成四年(不)第四八号不当労働行為救済命令申立併合事件について平成八年七月一六日付けでした命令のうち、主文第1項及び第2項並びに第4項のうち甲事件原告隈部紀彦及び同佐々木陽一の申立てを棄却した部分をいずれも取り消す。
二 甲事件原告隈部紀彦及び同佐々木陽一のその余の請求並びに甲事件原告竹本正幸及び同新開勝政の各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、乙事件原告に生じたものの全部を被告の負担とし、被告に生じたものの五分の二を甲事件原告竹本正幸及び同新開勝政の負担とし、その余は各自の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告が平成元年(不)第四一号、平成二年(不)第一一号、平成三年(不)第三八号及び平成四年(不)第四八号不当労働行為救済命令申立併合事件(以下「本件救済命令申立事件」という。)について平成八年七月一六日付けでした命令のうち、甲事件原告らの申立てを却下もしくは棄却した部分を取り消す。
二 乙事件
被告が本件救済命令申立事件について平成八年七月一六日付けでした命令のうち、主文第1項及び第2項を取り消す。
第二事案の概要
本件は、乙事件原告の従業員である甲事件原告ら四名の申立てにかかる本件救済命令申立事件に対して被告がなした、一部を却下し、一部是正措置を命じ、その余を棄却する救済命令について、その申立人である甲事件原告らが右却下及び棄却部分の取消しを、被申立人である乙事件原告が是正措置を命じた部分の取消しを求める事案である。
甲事件原告らの本件救済命令申立は、甲事件原告が(ママ)乙事件原告における少数派労働組合員としての活動を理由に昇格及び賃金の考課査定において差別をされたとして、それぞれの甲事件原告について乙事件原告との雇用契約締結後一九年(最も早い者は昭和五一年六月)経過時点での主事への昇格とその後の賃金及び賞与の是正等を求めるものであり、被告の救済命令は、昭和六三年三月以前の甲事件原告らの主事昇格、賃金及び賞与の是正を求める部分を却下し、甲事件原告竹本正幸の昭和六三年四月一日以降の是正措置を求める部分について不当労働行為救済命令を発し、その余の甲事件原告らの申立てをいずれも棄却したものである。
一 前提となる事実(いずれも、当事者間に争いのない事実又は証拠〔<証拠略>〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
1 当事者等
(一) 乙事件原告は、昭和四五年三月三一日、八幡製鐵株式會社(以下「八幡製鐵」という。)と富士製鐵株式會社との合併により成立した株式会社である。肩書地に本社を置き、鉄鋼業を主な業として堺製鐵所、八幡製鐵所をはじめ全国に製鐵所等を有しており、その従業員は、本件救済命令申立事件の審問終結時には約五万名である。乙事件原告の堺製鐵所(以下「堺製鐵所」という。)の発足は、右合併前の昭和三六年一〇月一日であり、同所の従業員は本件救済命令申立事件の審問終結時で約一五〇〇名である。
(二) 甲事件原告隈部紀彦、同新開勝政、同竹本正幸及び同佐々木陽一(以下それぞれ「甲事件原告隈部」「甲事件原告新開」「甲事件原告竹本」「甲事件原告佐々木」といい、この四名を併せて総称するときは「甲事件原告ら」という。)は、いずれも堺製鐵所に勤務する乙事件原告の従業員である。甲事件原告らは、いずれも堺製鐵所に勤務する従業員によって組織される唯一の労働組合である新日本製鉄堺労働組合(以下「組合」という。)に所属している。なお、乙事件原告には、各製鉄所ごとに労働組合があり、組合を含め、これらの労働組合が新日本製鐵労働組合連合会(以下「組合連合会」という。)を組織している。甲事件原告らは、組合内で労使協調路線をとる主流派に批判的な少数派グループとして活動してきた。
2 甲事件原告らの入社年月、所属の変遷及び社員資格
(一) 甲事件原告隈部
甲事件原告隈部は、昭和一五年三月二二日生まれで、昭和三三年三月熊本県内の高等学校を卒業し、昭和三六年六月、八幡製鐵に技術職社員として雇用され、同年九月から戸畑製造所に勤務した後、同三九年九月に堺製鐵所ストリップ工場に配属され、同六〇年四月から同所大形工場分塊掛、平成二年四月からは同所事業開発推進部鋼材加工センターで勤務している。同人の社員資格は、入社時の担当補から、昭和四五年一〇月に担当、同四九年四月に主担当となっている。
(二) 甲事件原告新開
甲事件原告新開は、昭和一三年四月一一日生まれで、昭和三二年三月福岡県内の高等学校を卒業し、同年六月、八幡製鐵に技術職社員として雇用され、第一製鋼課、次いで戸畑製造所で勤務した後、同四〇年五月に堺製鐵所転炉工場に配属され、以後、同所製鋼工場機械運転掛、平成二年四月から同所設備室基盤整備センターで勤務している。同人の社員資格は、入社時の担当補から、昭和四五年に担当、同四九年四月に主担当となっている。
(三) 甲事件原告竹本
甲事件原告竹本は、昭和二四年三月七日生まれで、昭和四二年三月、福岡県内の工業高等学校電気科を卒業し、同月、八幡製鐵に技術職社員として雇用され、堺製鐵所転炉工場機械運転掛で勤務した後、同所製鋼工場機械運転掛を経て平成二年四月から同所大形工場、同年七月からは同工場圧延掛で勤務している。同人の社員資格は、入社時の担当補から昭和四四年ころに担当、同五一年四月に主担当となっている。同人は、本件救済命令申立事件のうち平成元年(不)第四一号事件の申立後の平成二年四月に主事に昇格した。
(四) 甲事件原告佐々木
甲事件原告佐々木は、昭和二四年一二月一三日生まれで、昭和四三年三月、大分県内の高等学校電気科を卒業し、同月、八幡製鐵に技術職社員として雇用され、堺製鐵所大形工場精整掛に配属後、同掛の各行程における仕事に就いてきた。同人の社員資格は、入社時の担当補から担当を経て、同五六年四月に主担当となっている。
3 甲事件原告らの組合における活動
(一) 甲事件原告らは、昭和四〇年代に入って、組合内で主流派の活動に批判的なグループとして活動するようになり、昭和四五年五月一日ころから堺製鐵所における職場新聞「ようこうろ」を、同四七年二月五日ころから職場新聞「仲間」を、さらに同六三年から職場新聞「考える葦」を発行した。また、同五一年からは日本共産党堺製鐵所職場新聞「きさらぎ」を発行した。これらの職場新聞においては、労働条件改善の訴えとともに、組合及び組合連合会の方針を批判する見解が掲載された。
(二) 昭和五七年一一月発行の「きさらぎ」では、「堺労働基準監督署は、本年二月、隈部らが行ってきた引継残業等の賃金不払いについての労基署申告に対し、引継残業はたとえ一分間でも労働時間であると断定し、その内容を明確化し、適正な時間管理を実施すること等の指導を行っている」旨が掲載された。その後、同六〇年一一月二〇日、甲事件原告隈部、同新開及び同竹本を含む五名は、堺労働基準監督署長あてに「引継ぎ残業に手当ての支払いを求める申告書」を提出した。
(三) 「きさらぎ」では、次のような乙事件原告並びに組合及び組合連合会に対する批判が掲載された。
(1) 昭和五九年九月発行の「きさらぎ」では、組合連合会及び組合の運動方針案について、「たたかい忘れた労組、組合主義路線の大会議案である」と批判し、会社の第三次合理化攻撃に対しどう反撃し組合員の利益を守ったかが明らかにされていない旨が掲載された。
(2) 昭和六一年九月発行の「きさらぎ」では、「労働組合のあり方を問う」との見出しで、「出向、配転は思うままと会社の人べらし合理化が進められる今、労働組合がこれにどう対処し、組合員の生活と権利を守るかが問われているときに、組合の役員選挙には組合民主主義が行われていない」、また、「組合連合会の運動方針案は、会社の安定と飛躍なくして組合員の雇用の安定確保と生活の維持・改善はあり得ないとして会社と共通の立場に立ち、堺製鐵所でもストリップ工場の休止に始まり、月毎にみられる出向、配転、派遣等の人べらし合理化に何の歯止めもかけえない実態を作りだしている」旨が掲載された。
(3) 昭和六二年五月発行の「きさらぎ」では、「大合理化助ける鉄鋼労連の労使協調路線」との見出しの下で「提案された定年延長の一時停止と高齢者の長期教育・休業措置は、法のうえからも問題があり、また労働協約のうえからも連合会の大会で了解するものではない」旨が掲載された。
(4) 同年一二月発行の「きさらぎ」では、「許すな!賃下げ」との見出しの下で「提案された賃金制度改革案は、会社にとって都合の良いだけで、働く者にとっては、自分の賃金が理解できないものになりそうである」旨が掲載された。
(5) 昭和六三年三月発行の「きさらぎ」では、「労働者に背を向ける賃金体系改悪」という見出しで、組合連合会が、賃金、出向者問題等の十分な論議を組合員の声を反映させず、会社の賃金体系の改訂方針を大会で早々と決定させたことは、会社の意を汲んで組合員に労働条件を飲ませたものであるとの組合連合会批判が掲載された。
(6) 同年七月発行の「きさらぎ」では、「新日鉄八幡 労組役員選挙に介入 労務担当役員会議で指示文書」という見出しで、「(組合員に)出向、給与改訂、労働条件改訂等から不満があるなどとし、健全票を前回支持率以上にするために各支部ごとの目標設定を指示。票読み報告も期日を示して求めている」旨が掲載された。
(四) 甲事件原告らは、組合の役員選挙に立候補しているが、昭和四一年から同六三年までの立候補の状況は別紙(一)<略>のとおりであり、当選は、昭和四七年に、甲事件原告新開が支部長に、同竹本が支部青年婦人部長に当選(信任を含む。)しただけである。
4 乙事件原告における人事制度について
(一) 資格区分及び職務層区分並びに資格昇格の類型等について
甲事件原告らは、いずれも技術職社員として乙事件原告に雇用された者であるが、乙事件原告の技術職社員の人事制度は、資格区分及び職務層区分から成り立っており、その昭和四五年一〇月一日から実施された人事制度は次のとおりである(<証拠略>「社員人事制度に関する協定書」、以下「人事協定書」という。<証拠略>「社員人事制度に関する覚書」、以下「人事覚書」という。)。なお、社員人事制度は昭和四五年一〇月一日から実施とされているが、昭和四九年一〇月三〇日に一部改訂され、昭和五〇年四月一日付資格昇格から実施された。
(1) 資格区分、職務層区分及び系列区分
資格区分は、給与等の処遇の基本となっており、従業員は、職務や職務遂行能力等に基づいて、担当補から順次、担当、主担当、主事、統括主事等と昇格していく。新規採用者の資格については、高等学校卒業者は担当補、高等専門学校卒業者は担当、大学卒業者は主担当にそれぞれ格付けされる。
職務層区分は、一般職務から順次、工長職務、作業長職務、掛長職務等と上位に区分設定され、工長職務以上の職務について、それぞれその職務担当者を工長、作業長、掛長と称することもある。そして、資格要件として、主担当は一般職務を優秀に遂行するに必要な経験、能力を有する者、担当は一般職務を標準的に遂行するに必要な経験、能力を有する者、担当補は一般職務を標準的に遂行するには経験、能力が十分ではない者とされ、いずれも一般職務に対応し、主事は工長職務に、統括主事は作業長職務に対応する。また、工長を補佐する目的で、一般職務の中において他の一般職務の指揮、育成等を行う職務として「統括」という職務層が設定されている。ただし、例えば、主事であっても必ずしも工長職務に就くのではなく、統括、あるいは一般職務に就く場合もある。
(2) 資格昇格の類型及び標準的な経過年数
資格昇格は、従事する職務、本人の経験、知識、技能、勤務成績及び会社業務への貢献度等を総合勘案して所属長(通常は工場長)が推薦した者について、各資格区分の要件に基づき、所定の選考を経た上で決定される。
担当補から主事に至る各昇格区分ごとの昇格の類型及び通常の者の経過年数は、別紙(二)<略>のとおりである。これによれば、雇用後、担当補として格付けされた者が担当、主担当を経て主事に昇格するまでの通常の経過年数は、一九年程度となる。
(二) 堺製鐵所における主事への昇格の選考について
(1) 選考の制度
堺製鐵所では、主担当から主事への昇格選考においては、前記(一)(2)記載の所の選考を実施するに当たって、通常、所属長の推薦を受ける者を筆記試験によって決定している。選考は、まず、仕事を進める上での基礎単位である各掛内において、掛長の判断により、一般常識問題や専門試験等の筆記試験、作文又は面接等(以下「掛試験」という。)が実施され、その結果に基づいて昇格候補者を工場長に推薦し、さらに、工場長は、それらの推薦を受けた者に筆記試験や面接等(以下「工場試験」という。)を実施している。この工場試験の合格者が所属長の推薦を受けた者として、所において行われる昇格試験(以下「所の試験」という。)を受け、これに合格した者が、年度当初の四月に主事に昇格することになっている。乙事件原告では、昇格の選考を行うに際し、知識を最重視しており、知識の程度を知る方法として、日頃の職務遂行状況の観察の他に、筆記試験が必要であるとされている。また、所の選考前に予備的に行う掛試験等における筆記試験の実施は、所属長が部下の能力を判断するに当たって、より的確な情報を把握するために有意義なものであるとされている。各試験の実施時期は、掛試験がおおむね前年の一二月ころ、工場試験がおおむね一月ころ、所の試験がおおむね二月ころである。
(2) 掛で行われる掛試験の実態
掛試験の受験資格者は、原則として勤続一五年以上の主担当の者である。なお、掛によっては掛試験を実施せず、全員又は一部の者を推薦して工場試験を受験させている。
掛試験の筆記試験科目は、掛長の判断に委ねられ、国語、数学、経営、労働、電気、一般常識等の科目の中から選択される。また、作文や面接についても、実施の有無は掛長の判断に委ねられている。
(3) 掛試験の合格者の人数枠
毎年、所から各工場に対し、工場ごとの推薦者数の目安を提示しており、工場では、この推薦者数の目安に基づき、一二月中旬ころ各掛に工場への推薦者数の目安を指示している。各掛の主事昇格の有資格者のうち所の試験を経て主事に昇格する者の割合は、掛によって多少事情は異なるが、毎年おおむね二割以下である。
(三) 昇格に要する勤続期間
雇用後、担当補の資格に格付けされた者が、担当、主担当を経て主事に昇格するには、前述のとおり、通常、勤続一九年を経過するか、又は勤続二五年を経過して会社業務に対する貢献度が高いと認められることを要するとされている。乙事件原告は、この勤続二五年を経過した者の主事の昇格について、この制度が設立された昭和四五年の会社発行の「労使交渉ニュース」において、「勤続二五年以上になれば誰でも主事以上に昇格させるとは考えていない。」「職務遂行の程度や能力にかかわらず大多数を主事以上に昇格させることは公平な人事管理ではないと考えている。」と説明している(<証拠略>)。
(四) 堺製鐵所における主事昇格の状況
堺製鐵所において勤続一九年または勤続二五年を経過した後に主事以上に昇格した者の状況は、次のとおりである。
(1) 甲事件原告らがそれぞれ所属する工場に勤務する者で、同期に入社した者及び勤続一九年を経過した時点で主事以上に昇格した者の状況は、別紙(三)<略>のとおりである。
(2) 堺製鐵所全体において、甲事件原告らと同期に入社した者及びそのうち勤続二五年を経過した時点で主事以上に昇格した者の状況は、別紙(四)<略>のとおりである。
(3) 堺製鐵所全体で、勤続二五年以上経過した者のうち、主事以上に昇格している者の状況は、別紙(五)<略>のとおりである。
(五) 甲事件原告らの掛試験の受験状況等
甲事件原告らの掛試験の昭和五九年度以降の受験状況及び結果等は、別紙(六)ないし(九)<略>のとおりである。試験の年度は、昇格時の年度をいい、その前年の一二月ころから当該年度の二月ころにかけて行われるものを指す。
5 賃金制度について
乙事件原告の賃金制度については、乙事件原告と組合連合会との間で「賃金に関する協定書」(<証拠略>。以下「賃金協定書」という。)が締結され、これに基づいて賃金の体系が定められている。また、乙事件原告と組合連合会との間では、当該年度の昇給の幅や賞与の額等について、別途、協定書や覚書が毎年締結され決定される。なお、賃金協定書には、基本賃金の他に交代手当や超過勤務手当等の諸手当も定められている。
(一) 賃金体系
賃金体系は、昭和六三年度から改訂され、改訂後の技術職従業員の基本賃金は、基本給本給、基本給加給、職務給、職務考課給及び業績給によって構成されている。業績給は平成五年度から廃止された。基本賃金並びに賞与の種類と右構成における賃金の種類が全体に占めるおよその割合及び成績考課(査定)の有無は、別紙(一〇)<略>のとおりである。
昭和六三年度からの基本賃金及び賞与の概要は、次のとおりである。
(1) 基本給本給
基本給本給は、入社時に決定された初任基本給本給に、毎年度ごとに職務遂行能力及び勤務成績等の考課査定により決定される昇給額が積み重ねられる基本賃金である。入社時の初任基本給本給は、学歴別に定められている。
基本給本給の昇給基準額は、毎年、乙事件原告と組合連合会との間で締結される当該年度の「社員昇給に関する協定書」(以下「昇給協定書」という。)により更改される。昇給幅は査定により決定される。
昇給基準額は資格区分によって異なり、例えば昭和六三年度における主事以下の昇給基準額は、主事が二三四〇円、主担当が一八四〇円、担当が一五〇〇円、担当補が一二二〇円である。また、基本給本給には、各資格区分ごとに上限額があり、その上限額は、毎年度の昇給協定書により更改される。例えば主事以下の昭和六三年度における上限額は、主事が一一万二七六〇円、主担当が八万〇一六〇円、担当が五万二五六〇円、担当補が三万六〇六〇円である。
(2) 基本給加給
基本給加給は、毎年四月の昇給時期の当該者の年齢によって一律に定まる年功給の性格を持ち、額の算定に成績考課は入らない。基本給加給の額は、昇給協定書により更改される。昭和六三年度における同給の額は、一九歳の一五〇〇円を最低に、年齢が増すに伴い徐々に上昇し、四四ないし四九歳の四万五〇〇〇円で最高額となり、五〇歳以降は再び下降し、五八歳では二万一二〇〇円となっている。
(3) 職務給
職務給は、職務価値に応ずる賃金である。
それぞれ配置された職務について職務遂行上の難易度や職務負担度等に応じて「A職務」から「G職務」まで七つの職務区分が設定されるとともに、それぞれの職務区分ごとに、工長、統括、一般の三段階の役割区分がある。職務給の額は、これらの区分ごとに点数を付与し、この点数に共通の単価を乗じて算出される。なお、同じ区分の職務に配置されている者は、同じ額が支給される。
(4) 職務考課給
職務考課給は、職務の遂行とその成果に対する賃金である。各人が配置された職務の職務遂行成果は、各職場ごとに、配置職務の遂行・成果、多能工化度合、新技術・作業改善への対応力、管理業務の遂行・成果、執務態度・意欲、指導・統率力の各考課要素で評価して決定され、考課係数となって表わされる。
(5) 業績給
会社の毎月の粗鋼生産性に応じる賃金である。額は、職務給と職務考課給を加えた額に全社一律の支給率を乗じて算出される。なお、業績給は平成五年度から廃止された。
(6) 賞与
賞与は、毎年度二回、中元賞与(夏季に支給されるもの)及び年末賞与(冬季に支給されるもの)がある。賞与は、率部分と額部分で構成されており、それぞれの算出の基となる支給率や基準額等の数値は、毎年度、乙事件原告と組合連合会との間で、その年度の「中元賞与及び年末賞与に関する協定書」が締結され決定されている。
率部分の支給額は、各人の基本給本給の額に資格区分別の支給率及び出勤係数を掛けた額と、これに基本給加給の額に全員一律の支給率及び各人の出勤係数を掛けた額を合算して算出される。例えば昭和六三年度における主事以下の資格区分別の支給率は、主事が二・〇七四九、主担当が一・九一八〇、担当が一・八三〇八、担当補が一・七四三六である。
額部分の支給額は、各資格区分別の基準額に、各人の資格区分に対応する職務遂行度合や勤務成績等を評価して上下各三〇パーセントの範囲内の率を掛け、さらに出勤係数を掛けて算出される。例えば昭和六三年度における主事以下の資格区分ごとの額部分の基準額は、主事が三七万七二〇〇円、主担当が二六万六一〇〇円、担当が一九万五九〇〇円、担当補が一四万六二〇〇円である。
(二) 査定の内容
堺製鐵所においては、原材料から製品に仕上げる各工程について掛編成がとられている。技術職社員は掛内で各種の多様な仕事をこなすことが求められ、各人がそれぞれの分担をこなしつつ、他の分野を応援する等、掛に与えられた工程を果たすよう行動することが求められている。考課査定は、掛を一つの単位として、主事、主担当などの同じ資格区分の者の中で相対評価が行われる。
基本賃金及び賞与のうちで、直接、査定が行われるものは、基本賃金では、基本給本給及び職務考課給であり、賞与では額部分である。
査定の手順は、まず掛において掛長と作業長が成績評価会議や作業長連絡会議を開いて協議を行い、必要な場合には工長の意見を聴いて査定が行われる。掛長と作業長が協議した後、掛長が、各資格区分ごとに従業員の順位・序列をつけた相対評価を行って、工場長へ提出する評価案を立案し、最終的には工場長が査定を決定する。
(1) 基本給本給
イ 査定の時期及び幅
査定は各年度に一回、毎年四月に前年四月から当年三月までを対象期間とし、査定の幅は、昇給基準額の上下各一〇〇パーセントの範囲内として行われる。
ロ 査定項目
欠勤など勤怠状況による定型項目以外には、すべての工場に共通する査定項目はない。
査定は、評価期間中に、各人が能力を発揮してどれだけ仕事をしたかという実績を基に、総合的観点から、当該掛の実態に合った独自の評価項目に基づいて、同資格者内で相対的に評価されている。
ハ 掛における査定内容等
甲事件原告らが所属した掛等の査定の評価要素等及び同人らの職務内容は、次のとおりである。
a 大形工場分塊掛(昭和六〇年四月から平成二年三月、甲事件原告隈部が所属)
・職務内容:鋼塊を次工程にふさわしい鋼片に圧延することを行う掛で、甲事件原告隈部の職務内容はクレーン運転、インゴッドバギー(鋼塊を運搬する台車)運転である。
・評価要素:定常・非定常作業における職務遂行度合、多能工化の度合、新技術・作業改善への対応力、管理業務の遂行度合、執務態度・意欲。「多能工化の度合」とは、弾力的人員措置への対応や多能工化の進展度、「新技術・作業改善への対応力」とは、技術革新や設備更新等への対応度、「管理業務の遂行度合」とは、生産、品質、コスト管理等の管理業務の増大への対応度、「執務態度・意欲」とは、職場活性化への取組姿勢をいう。
b 鋼材加工センター(平成二年四月から、甲事件原告隈部が所属)
・職務内容:ビル、駐車場等の用途の鉄骨を切断・溶接等により製作加工を行う掛で、甲事件原告隈部の職務内容はクレーン運転である。
・評価要素:出勤態度・意欲・作業精度、生産性、職務知識、問題把握・解決力、計画・企画力、協調性、安全活動、創意工夫、努力の程度、多能工化の度合
c 製鋼工場機械運転掛(平成二年三月まで、甲事件原告新開及び同竹本が所属)
・職務内容:銑鉄の不純物を取り除き、鋼をつくる工場で、甲事件原告新開、同竹本の職務内容は年度により異なるが、溶鋼鍋運搬、鋼片運搬等のクレーン運転等である。
・評価要素:職務遂行成果、非定常作業の職務遂行成果、他ポジションの従事度、新技術・作業改善対応、管理業務の成果、執務態度・意欲
d 基盤整備センター(平成二年四月から、甲事件原告新開が所属)
・職務内容:埋立地の地盤改良作業等を行う掛で、甲事件原告新開の職務内容は、設備の解体作業で、主にガス溶接、重機運転等である。
・評価要素:職務遂行度合、勤務成績、新技術・作業改善、コスト低減活動等
e 大形工場精製(ママ)掛(甲事件原告佐々木が所属)
・職務内容:圧延された製品の切断、仕分、矯正、形状検査等を行う掛で、甲事件原告佐々木は、ローラー班、機動班等に属していた。ローラー班の職務は、製品を矯正するためのローラーの組立等であり、機動班の職務は、オンラインの連続操業を止めないための食事交代要員である。
・評価要素:担当職務遂行成果、非定常作業の遂行成果、新技術・作業改善対応、管理業務、勤怠状況、その他事故の防止等
(2) 職務考課給
イ 査定の時期及び幅
査定は、毎年四月と一〇月の各半期ごとになされ、査定の幅は、一般職務については、工場ごとの平均職務考課給金額の上下各五〇パーセントの範囲内でなされる。
ロ 査定項目
査定項目は、乙事件原告と組合連合会との間で交わされた「職務給および職務考課給に関する覚書」によっており、一般職務の考課要素は配置職務(定常作業、非定常作業)の遂行・成果、多能工化度合、新技術・作業改善等への対応力、管理業務の遂行・成果、勤務態度・意欲である。
(3) 賞与
イ 査定の時期及び幅
賞与の査定時期は、中元賞与が六月、年末賞与が一二月で、査定対象時期は、中元賞与については前年一〇月から当年三月まで、年末賞与については四月から九月までである。査定の幅は、率部分と額部分により算出される賞与の内の、額部分における基準額の上下各三〇パーセントの範囲内でなされる。
ロ 査定項目
すべての工場に共通した査定項目はなく、掛ごとに決められるが、査定項目は、基本給本給の考え方とほぼ共通している。査定に当たっては、短期間の会社業績に対応するものとして、対象期間の各六か月間に掛の目標にいかに応える努力をしたかという実績が相対評価される。
(三) 甲事件原告らの基本賃金及び賞与の受給状況
昭和六三年度から平成四年度までの甲事件原告らの基本賃金及び賞与の支給額並びに基本給本給、職務考課給及び賞与の額部分の成績査定の結果は、別紙(一一)ないし(一四)<略>のとおりである。
6 甲事件原告らによる救済申立て
甲事件原告らは、平成元年七月二六日、乙事件原告が、甲事件原告らを、その労使協調路線をとらない少数派としての組合活動を嫌悪し、主事資格に昇格させず、主担当に留め置き、賃金、賞与などに関する考課査定において差別をし、不当に低賃金に据え置いたとし、これが不当労働行為にあたるとして、被告に対して不当労働行為救済命令を申し立てた(平成元年(不)第四一号)。同原告らは、その後、平成二年、同三年及び同四年にも被告に対して同趣旨の救済申立てをした(平成二年(不)第一一号、平成三年(不)第三八号及び平成四年(不)第四八号)。その申立てにより甲事件原告らが請求する救済内容の要旨は、次のとおりである。
(一) 甲事件原告らを、雇用後一九年を経過した時点で主事に昇格させるとともに、主事に昇格していれば得られたであろう賃金と現実に支払われた賃金との差額を支払うこと
(二) (一)の雇用後一九年経過による主事昇格が認められない場合であっても、隈部及び新開については、雇用後二五年経過した時点で主事に昇格させるとともに、主事に昇格していれば得られたであろう賃金と現実に支払われた賃金との差額を支払うこと
(三) (一)及び(二)の主事昇格が認められない場合であっても、昭和五四年以降の賃金及び賞与について、甲事件原告らに対する考課査定を所属する掛の主担当の平均の考課査定評価に是正し、是正後の賃金額と現実に支払われた賃金との差額を支払うこと
(四) 陳謝文の手交及び掲示
7 被告による救済命令等
被告は、右各救済申立事件を併合のうえ、平成八年七月一六日、別紙命令主文<略>のとおり命令し(以下「本件命令」という。)、その命令書をそれぞれ当事者に交付した。
二 争点
1 労働組合法二七条二項の期間(本件命令主文第1項ないし第3項の適否)
2 甲事件原告らに対する不当労働行為の有無((四)を除き、本件命令主文第4項の適否)
(一) 乙事件原告の不当労働行為意思の有無(総論)
(二) 甲事件原告隈部に対する不当労働行為の有無
(三) 甲事件原告新開に対する不当労働行為の有無
(四) 甲事件原告竹本に対する不当労働行為の有無
(五) 甲事件原告佐々木に対する不当労働行為の有無
三 甲事件原告の主張
1 争点1について
(一) 本件における賃金、昇格差別は、全体が乙事件原告による一個の不当労働行為であり、労働組合法二七条二項の「継続する行為」に該当するから、本件申立ては、甲事件原告らが昭和五四年一月からの是正を求める部分も適法であり、本件命令中、甲事件原告らの昭和六三年三月以前における是正に関する申立てを却下した部分は違法である。
(二) 労働組合法二七条二項が申立期間を一年間としたのは、行為後一年を経過すれば、証拠収集及び実情把握が困難となることや、労使関係が安定して形成されること、救済の実益が乏しいことが理由であるとされている。
しかし、民法上の不法行為制度でさえ消滅時効は損害及び加害者を知ったときから三年、行為の時から二〇年という期間であるのに、労働者の団結権の救済が一年間に限定されたのは、当初、労働委員会が充実し、迅速な救済機関たることを大前提に、労使関係の安定に主眼をおいたからである。労使関係の安定という趣旨からすると、不当労働行為が継続して認められる場合は、その期間労使関係は安定したものであったとはいえず、むしろ団結権保障の観点からは、形式的な行為だけをとらえて申立時から一年前に限定して労働委員会の審査の対象とすることには何の合理的理由もない。
したがって、「継続する行為」の解釈にあたっては、単に自然的な行為をもってとらえるのではなく、不当労働行為救済制度の本来の趣旨、そして労働委員会が設置当初の期待に反して全く迅速で充実した救済機関たり得ていない実態に鑑み、同法の趣旨から合目的的に評価すべきである。
(三) 賃金差別行為という不当労働行為は、日本型終身雇用制における年功序列型賃金体系のもと、必ず前年度の考課査定を前提とし、客観的にみても当年の賃金支払行為に前年の査定行為が含まれているという意味で一体の行為と評価すべきであるうえ、毎年の査定行為は、系統的な低査定と年功序列型賃金体系により、長年のうちに膨大な賃金格差をもたらそうという一つの強固な不当労働行為意思に貫かれた一貫した行為であるから、この主観的要素もあわせ考慮すれば、一連の査定行為と賃金の支払は、すべて一体として「継続する行為」として評価することが、労働組合法二七条二項の趣旨にかなうというべきである。
賃金差別は、労働者から見れば、長年にわたる差別的な低査定や、昇格を遅らせるという行為の繰り返しの結果として初めて差別的取扱いを知ることができるという点が考慮されるべきである。
(四) 本件の主事昇格試験における各掛の推薦については、単に試験の結果だけで行うものではなく、前年の日常の査定(成績点)をも考慮して行われてきているのであり、甲事件原告らは、日常の査定においても少数派の組合活動をしてきたことを理由に差別的取扱いを受けており、その差別的な低査定が、翌年の掛推薦を受けられない理由の一つであった。主事昇格試験と日常の査定との間には、このような関係があるのであって、しかもこれらが一つの不当労働行為意思に貫かれている以上、継続した一連の査定行為と評価すべきである。
(五) 仮に、一貫して継続した差別的意思に基づく査定行為の繰り返しが申立時まで間断なく続いていたことが認められないとしても、少なくとも甲事件原告らが過去における差別的取扱いの結果、同期、同年齢、同経歴の同僚の標準的な昇格年限に達した後も主事に昇格せず、昇給においても格差がある状態があるときは、使用者である乙事件原告は、適正な査定に戻し、従前の差別的取扱いの影響を除去する作為義務があるというべきであるから、差別的状態が継続する限り右作為義務違反が存在するのであり、不作為による不当労働行為が継続していると解するべきである。
2 争点2について
(一) 乙事件原告の不当労働行為意思等について
(1) 甲事件原告らの少数派としての組合活動に対する差別意思
甲事件原告らは、いわゆる組合内部における少数派として、職場の賃金や労働条件に関する要望を実現すべく、前述一3のとおり、乙事件原告の労務政策を批判するなどの活動をしてきた。これらから、乙事件原告は、甲事件原告ら全員の右活動を嫌悪していたというべきであり、乙事件原告の不当労働行為意思は、甲事件原告竹本に対するものにとどまるものではない。
被告は、甲事件原告竹本についての主事不昇格は差別的取扱いの不当労働行為であると認定しながら、他の甲事件原告についてはこれを否定したが、これらの甲事件原告らに対しても、その活動を嫌悪していた事実がある以上、同人らが昇格しないことについての合理性が別にあるのかが問われる必要がある。被告は、本件命令において、甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木については、試験の成績が悪かったから合格しなかっただけで、この不当労働行為意思とは結びつかないとするが、全くの誤った認定である。
(2) 主事昇格のための試験の制度及びその運用の恣意性
イ 掛試験の不明朗性
乙事件原告における主事昇格制度においては、掛試験に合格しなければ工場試験を受験する資格がなく、工場試験に合格しなければ所の試験を受けられないが、掛試験及び工場試験については、何ら決まった方法が定められておらず、それぞれの掛長及び工場長の裁量に任されているから、この試験の運用次第でいくらでも差別的取扱いが可能となる。
甲事件原告らの掛においては、掛長による推薦にあたって一定の筆記試験をしてみたり、しなかったりしているのであり、筆記試験を実施したときも、点数のみで推薦が決められていたわけではなく、掛長の裁量が入っており、試験といっても、筆記試験以外に面接や作文といった極めて恣意の入りやすい方法も併用されており、しかもそれらの比率が高い。また、掛試験は、実施に際し、カンニングや事前の問題漏洩の疑いがあり、不明朗なものである。
ロ 主事昇格における貢献度昇格基準
乙事件原告においては、主担当から主事への昇格区分における昇格基準は別紙(二)のとおりであるが、その「一般職務に従事し、勤続二五年以上で会社に対する貢献度が高いと認められる者」という基準(以下「貢献度昇格基準」という。)は、勤続年数を通じて乙事件原告に貢献した中高齢者に対する救済制度として適用されるものである。
堺製鐵所全体で、甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木の同期では、勤続二五年以上の者の九割までが主事に昇格している。また、乙事件原告においては、通常の経験、能力を有する者は、主担当として一〇年程度(勤続一九年程度)を経過した時点で主事に昇格している。
甲事件原告らの同期同学歴の従業員のうち、勤続二五年を経過しても主事に昇格していない者は一〇パーセント程度にすぎず、そのうちで掛長推薦すら受けたことがないのは、甲事件原告らのみであるか、他にいるとしても、甲事件原告らとともに組合少数派としての活動に加わっていたが事情があって本件申立てに加わらなかったごく少数の者である。そのような者を除けば、長期病欠などにより標準的な業務遂行が困難な者や、昇格試験拒否などの特段の事情により、標準的労働者集団から外れた者が主事昇格を果たしていないだけである。したがって、貢献度昇格基準は、標準的労働者集団に属する以外は、その中の最も劣位にある従業員でも、貢献度が高いと認めて試験において下駄を履かせ、「総合診断」により掛試験に合格させ、主事に昇格させるための基準というべきである。
甲事件原告らは、職務に耐えうる心身を有し、従事する業務内容も、業務についての経験、能力も劣ることなく、乙事件原告の技術教育、研修を受け、資格も取得し、他の従業員と同様に仕事を与えられ、同等程度に支障なく労務を提供し、勤怠状況も他の従業員に劣ることはなかったのであるから、概ね勤続一九年前後で主事に昇格する経験、能力を有していたのである。しかるに、甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木は、共産党員としての組合少数派の活動をしていたという事情によって、乙事件原告から貢献度昇格基準による主事昇格を阻まれたのである。
ハ 甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木らの試験成績
試験の成績として乙事件原告が提出している試験結果一覧表は、限定的、断片的なものであり、甲事件原告らの毎年の試験結果が他の従業員との比較において提出されておらず、甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木らの試験成績が悪いことを根拠づけるにはあまりにも薄弱である。
被告が本件命令において認定するように、成績が良くても昇格させないという不当労働行為意思を有する乙事件原告である以上、普通の成績でも合格させたくなかったことは明かであるから、不当労働行為でないというためには、合理的な疑問が生じない程度に甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木らの成績が不良であると判断できだけの資料が必要である。その成績不良の程度は、「残り一〇パーセント」に入っているというものであり、たまたまある年度の成績が不良であるだけでは足りないというべきである。
ニ 以上、イないしハの事実から、乙事件原告は、その意に反する少数派の組合活動を嫌悪する不当労働行為意思によって、甲事件原告らが掛試験において推薦の基準に達していたにもかかわらず不合格とし、工場試験及び所の試験を受験する機会を奪っていたことは明かであり、被告が本件命令において、筆記試験の結果から、甲事件原告隈部、同新開及び同佐々木らの成績が悪く、掛長推薦を受けられなかったと認定したのは誤りである。
(3) 日常の考課査定における差別と主事昇格差別との関係
甲事件原告らは、本件救済申立てまで日常の査定において一貫して低い評価を受けてきたが、それは甲事件原告らの能力が劣っていることを示すものではなく、乙事件原告の差別意思の徴憑に他ならない。
乙事件原告は、本件申立てを契機に、甲事件原告竹本については、差別的取扱いを取り繕うために、主事に昇格させているが、それに先立ち、突如として成績点を平均以上に上昇させている。それは、日常の成績点と主事昇格との間には、前者が後者における推薦の判断要素の一つであるという関係があるからである。日常の査定において低位にある者が、主事昇格の基準を満たすと判断される可能性は皆無であり、日常の成績査定における差別的取扱いこそが、甲事件原告らの昇格差別の基礎として存在し、主事昇格試験における工場へ(ママ)の推薦を阻んできている。日常の成績点が平均以下にある者は、昇格試験においていくら高得点をとっても、日常的な業務遂行能力が劣っていると評価され、工長職を遂行する能力のある者とは評価されないことになる。
日常の成績考課における差別的取扱いが累積し、これが主事昇格も阻み、給与においても平均以下に押さえられてきた仕組みであり、甲事件原告らに対する差別的取扱いの本質は、まさに日常の成績考課における差別に存する。甲事件原告らは、現実には、工長代理も引き受けて業務を遂行しているのであり、主事昇格基準を満たすだけの十分な経験、能力を有しているのであり、日常の成績が低位に据え置かれていたのは、乙事件原告による差別的取扱いの結果以外の何者でもない。
(4) 職務配置における差別と主事昇格
乙事件原告は、社内人事制度に関する協定書(昭和五九年九月三〇日協定)において、昇格基準を定めており、主事については、「工長の職務を遂行するに必要な能力、経験を有する者」とされ、技術職社員における主事昇格については、別紙(二)の基準を設定している。これによれば、工長あるいは工長次席(これに準ずる者を含む)の地位になければ主事昇格基準に該当せず、昇格対象者にならない。
甲事件原告らが工長次席あるいはこれに準ずる者の地位につくことは希であり、ほとんどの期間は一般にとどまっており、工長あるいは工長次席の地位を得ることができないまま差別を受けてきた。主事昇格試験における掛試験での差別的取扱い以前の問題として、職務層区分上の差別的取扱いにより、一般という低い職務層につけられていたのである。
(二) 甲事件原告隈部に対する不当労働行為
(1) 主事昇格における差別
イ 甲事件原告隈部に対する支配介入
乙事件原告は、甲事件原告隈部が目立った活動を始めて一〇年経過したころには、その上司に「これだけやってきたんだから、もうそろそろいんじゃないか。」といった肩たたきのような働きかけをさせるなど、その少数派の活動に対する嫌悪を示し、これに介入する言動を多数行ってきた。
ロ 試験の運用の不公正及び成績資料提出における不誠実
甲事件原告隈部の主事昇格試験の運用に関しては、乙事件原告は、甲事件原告隈部に不利なものだけを特に選んで提出したとしか思えない不誠実な対応をしている。このような場合、その恣意的な成績資料の提出態度に十分な検討を加えることなく、不公正な運用がなかったと判断することは、抜群に成績の優秀な者でない限り、差別的な運用があったとは認定されないことになり、不当である。
掛試験は、掛や実施年度によっても大きく内容が異なるし、掛によっては試験を実施することなく掛の推薦を行っていたのであるから、主事昇格試験の運用の公正さを判断するには、まず、掛内の主事昇格の結果において甲事件原告隈部と同じ掛の同学歴、同経歴の労働者と比較してはじめて適正な試験が実施されていたか否かが判断されるべきであり、こうした結果で顕著な差があれば、差別が認められるといわなければならない。仮に試験の結果だけから判断をするには、甲事件原告隈部が受験した過去の試験の内容、その受験者、その受験者の得点等及び甲事件原告隈部自身の成績すべてが明らかにされない以上不可能である。
前述のとおり、掛長推薦と工場長推薦については、何ら決まった方法が定められておらず、それぞれの掛長及び工場長の裁量に任されているから、この推薦の運用次第でいくらでも差別的取扱いが可能となる。現に、推薦にあたって一定の試験をしてみたり、しなかったりしているのであり、試験を実施したときも、点数のみで推薦が決められていたわけではなく、掛長の裁量が入っており、試験といっても、筆記試験以外に面接や作文といった極めて恣意の入りやすい方法も併用されており、しかもそれらの比率が高かった。また、乙事件原告による差別的取扱いがなかったならば甲事件原告隈部が昇格したであろう勤続一九年当時の試験は、現在の試験とは異なり中学校二年生レベルであったし、昇格の判断にあたって日常業務の査定を優先し、筆記試験は日常査定が同レベルの者についての選考順位に利用されていた程度のものであった。乙事件原告が主事に昇格させたいが試験で成績がとれない可能性のある者には、現場の工長や作業長が、作文の書き方、提案の出し方(工長が受験者の名前で改善提案を出す)等の手助けをして昇格させていたという実態もある。以上のことから、甲事件原告隈部が主事に昇格しなかったのは、乙事件原告による差別的な意図の下、日常の査定が不当に低く押さえられたためであり、筆記試験の結果のみを重視することはできない。
ハ 甲事件原告隈部と同期入社の労働者の主事昇格状況
甲事件原告隈部と同期で入社した者のうち、入社後一九年を経過した時点で五五パーセント、二五年を経過した時点で八四パーセントの者が主事に昇格しており、堺製鐵所全体でみると、平成四年度で入社二五年を経た者の九〇パーセントの者が主事に昇格している。
右の事実は、主事資格が決して飛び抜けて能力の高い者でなければ得られないものではないこと示しており、甲事件原告隈部の所属した掛の中で同人と同期、同経歴の労働者のうち、主事に昇格していないのは、長期療養者であるとか、一度は掛の推薦は受けたものの、その後は掛の試験も受験せずに昇格そのものを放棄している者など、主事昇格ができないやむを得ない事情がある者に限られる。
(2) 賃金及び賞与の考課査定における差別
甲事件原告隅部の昇給査定は被告認定のとおり、昭和六三年から平成三年まで一貫して平均以下であり、賞与における査定も、被告への救済命令申立て後にやや差別的取扱いが改善されたが、基本的に平均以下の成績しか付けないという乙事件原告の姿勢は一貫している。
被告は、本件命令において、甲事件原告隅部が、<1>クレーンの運転ミスによる事故を何回か起こしたこと、<2>改善指導や安全のための危険予知活動等の提出件数が他の主担当の者と比べ少なかったこと、<3>掛の仕事を遂行する上で、掛内の各種多様な仕事をこなすことが求められているのに対し、同人は、大型工場分塊掛でクレーンよりも操作が難しい圧延機やマニピュレータの運転に従事したところ、これに習熟しなかったこと、<4>平成二年に配置された鋼材加工センターで職場の重要な仕事である溶接作業に従事するよう指示されたが、クレーン以外の業務には従事しなかったことを認定し、乙事件原告が低い査定をしたことを正当であると判断した。しかし、客観的な業務の遂行状況に照らして甲事件原告隅部の成績査定をみれば、同人が不当に低い成績査定を受け続けてきたことが明らかであり、以下のとおり、被告の右判断も、甲事件原告隅部に対する乙事件原告の差別的意思の存在を無視した不当なものである。
イ 甲事件原告隅部の起こした事故について
甲事件原告隅部の起こしたクレーンの事故は、事故の回数及び内容の両面において、長年の成績査定を低くする理由とならない。成績査定の理由となる事故は単年度のものに限られるところ、甲事件原告隅部の起こしたクレーン運転中の事故は、すでに一〇数年も前のことである。また、事故の内容も、それによって圧延作業そのものに支障を来したり、人身災害を引き起こすような重大なものではなかった。甲事件原告隅部以外の従業員についてみれば、回数や内容においてもより重大な人身事故などの重大な事故を起こした者の多くが、主事、工場(ママ)長に昇格しているという実態がある。
甲事件原告隅部は、その後の鋼材加工センターにおいても、事故は全く起こしていない。
ロ 改善指導、安全のための危険予知活動
乙事件原告において、改善指導、安全のための危険予知活動等は、成績査定において特段考慮されるものではない。右活動は、通常は工長以下のグループ単位でするものであり、ノルマのように数多く提出するのが一般的であるが、こうした活動は、昇格試験を受験して合格する予定の者に試験の時期に集中して行わせるものであるから、時期や人によって大きな差があるのであり、多くの従業員が実質的にはほとんど活動に参加していないという実態がある。右実態に鑑みれば、提案数全体を構成員数で平均化した数値と、工長からのお声掛かりで提案に名を連ねることから外されている甲事件原告隅部の提案数とを比較するのは、成績査定の判断において全く無意味である。
また、被告の認定では、甲事件原告隅部が、非常停止装置にタイマーを付けるという極めて危険な改善について安全面から好ましくないと指摘する逆改善を行ったり、消防署の査察逃れとみられる乙事件原告の行動に対し、「危険物の貯蔵違反を、査察の段階で逃れるために隠すべきでない」など、安全面における積極的提案を行っている点が全く脱落している。本件命令は、どのようなものが改善提案の中身になるのか、甲事件原告隅部の提案の内容が本当に成績査定で差を設けるほどの内容なのかを吟味することなく乙事件原告の主張をそのまま認めている。
ハ 圧延機やマニピュレータの運転
被告は、圧延機やマニピュレータの運転に甲事件原告隅部が習熟しなかったことを低い査定の理由とするが、圧延機の操作は、圧延機のベテラン運転士でなければ困難であり、実際にもベテラン以外の者が作業に従事するという状況になかった。ストリップ工場から大型工場に甲事件原告隅部と共に配転された主事資格を持つ元上司の設楽忠雄でさえ、圧延機の運転はできなかった。右のような実態からは、圧延機やマニピュレータの運転ができなかったことを低い査定の理由とすることは誤りである。
ニ 鋼材加工センターにおけるクレーン運転以外の業務
平成二年に配置された鋼材加工センターで職場の重要な仕事である溶接作業に従事しなかったことについては、クレーン運転業務のある職場でクレーンの運転に習熟した甲事件原告隅部が、自らの能力と経験を生かして誠実に仕事をしているのに、付随的な他の業務をしないことを低い成績査定の理由とするのは、極めて不当である。
甲事件原告隅部は、現実に、上司の指示に従ってクレーン以外の検査、けがき、組立、孔開け、切断等の多くの業務に従事しているのであるから、被告の本件命令は客観的事実を正しく認定することなく、乙事件原告の主張を繰返すだけの不当なものである。
(三) 甲事件原告新開に対する不当労働行為
(1) 主事昇格における差別
イ 被告の本件命令は、甲事件原告新開の掛試験につき、<1>昭和五九年度ないし同六二年度並び平成元年度の試験をそもそも受験していないこと、<2>平成二年度においては掛内受験者のうちで成績が最下位であること、<3>平成二年度の掛試験受験者で、甲事件原告新開より成績が上位の三名も主事に昇格していないこと、<4>平成二年度の試験の成績からすれば、昭和六三年度の試験においても成績が優秀であったとは認められないことを認定した上で、所属する掛の掛長の恣意的な判断のもとに、甲事件原告新開が差別的に掛の推薦から排除されていたとは認められないとする。
しかし、右の諸点については、以下のとおり、明白に事実誤認である。
本件命令は、<1>乙事件原告が提出した平成二年度(甲事件原告新開が五一歳)の試験結果のみを根拠にして、それ以外のすべての試験の成績が不良であったと推認する点で不当であるし、<2>平成二年度の掛試験で甲事件原告新開より成績が良かった者(甲事件原告新開より一五年以上後に入社した者達である)は、その後大半が工場もしくは所の試験を受験している事実に目を塞いでいる。<3>甲事件原告新開の所属する製鋼工場機械運転掛では、早くて勤続一三年、平均して勤続約一五年で主事に昇格し、甲事件原告新開と同期入社の者のほとんどは勤続一四年目である昭和四五年までに無試験で主事に昇格しているか、もしくは所の試験制度が始まった昭和四六年以降に掛及び工場については無試験で推薦を受け、所の試験を受験し、主事に昇格している。そして、主事に昇格していないのは、甲事件原告新開、同竹本(竹本は本件申立て後に昇格)のほか、甲事件原告らの支持者である磯野昌昭、唐仁原能弘及び試験を受験しなくなった中山知巳の五名のみである。
ロ 主担当昇格時における差別
甲事件原告新開は、主担当に昇格する時点から、すでに乙事件原告による差別的取扱を受けていたが、被告の本件命令は、右事実を無視しており、不当である。
乙事件原告においては、昭和四五年の職務改正の際、甲事件原告新開と同期の一〇名の技術職のうち、大江好文、岩橋の二名は主事に、甲事件原告新開以外の七名は主担当になっているが、甲事件原告新開のみは担当に据え置かれたままであった。甲事件原告新開は、入社後一七年目の昭和四九年にようやく主担当に昇格したが、その途端、担当時には平均並みであった成績点が〇・九六ないし〇・九七に下げられるという露骨な差別を受けた。
この点に関し、乙事件原告は、昭和四五年に技術職二六〇名のうち主担当になったのは一九〇名であり、七〇名は担当のままであったと主張するが、右七〇名の中には、若手も含まれているのであり、甲事件原告新開の同期の中では、まれに同人の支持者で担当のまま据え置かれた者もいるが、ほとんどが主担当となっており、甲事件原告新開が乙事件原告から差別的取扱いを受けたことは明らかである。
ハ 製鋼工場機械運転掛における主事昇格試験の恣意性
製鋼工場機械運転掛においては、主事昇格の推薦を受けるための試験は昭和五六年ころから行われており、それ以前は工場試験を受験する者を恣意的に推薦していたし、試験導入後も、実施したりしなかったりで一貫しないばかりか、昭和六二年度及び同六三年度のように作文のみで筆記試験のない年度もある。しかも、その作文も、時間、場所を決めて一斉に書かせるものではなく、あらかじめ問題を貰い、家で書いてきて提出するというものであったことから明らかなように、掛の筆記試験の合格が困難な従業員の救済措置として行われたものである(貢献度昇格基準による掛推薦)。
この試験の運用自体がおよそ公正なものとはいえず、甲事件原告竹本が非常に優秀な成績を修めても一度も掛の推薦を受けられなかったことに端的に現れているように、少数派の活動家は絶対に合格しないことが職場での公知の事実となっていた。試験は係の推薦を決定する形式的な儀式にすぎないのである。少数派活動家以外の従業員は、毎年試験さえ受けていれば、年功序列も加味していずれは掛の推薦が受けられ、さらには掛の全面的な応援、援助を受けて工場や所の試験に向かうことができるという仕組みになっている。
このような恣意的な運用のため、甲事件原告新開は、試験を受けても掛の推薦を受けることがあり得ない状況に置かれていたので、毎年試験を受験していたわけではない。特に、平成元年度(昭和六三年一二月二八日実施)の試験などは、甲事件原告新開は、事前に試験日程を知らされておらず、試験当日の朝にその存在を知らされたため、やむを得ず受験を断念したのである。
(2) 賃金及び賞与の考課査定における差別
甲事件原告新開の成績査定の結果は、被告が認定するとおりであり、賞与についても、職務考課給についても、被告への救済申立て以降若干の上積みがあったものの、一貫して平均より低位の成績点しか付けられていない。
イ 甲事件原告新開は、昇給について毎年〇・九四から〇・九六という低い査定を受けており、単に主事昇格がないだけでなく、主担当の平均的な査定すら受けられないという二重の差別を乙事件原告から受けていることになる。前述のとおり、賞与の査定が低いだけでなく、職務給も低い級に抑えられ、職務加給の査定も〇・七から〇・七五と、平均よりもかなり低い査定を受けているし、業績給も平均以下である。
甲事件原告新開に対する昇給差別は、昭和四一年に同人が組合役員選挙に立候補し、公然と乙事件原告と対決する労働運動を開始した年から始まった。ビラ配りで処分を受けた年は、その翌年まで成績点が低くされている。これらは、甲事件原告新開が少数派としての活動を理由として昇給差別を受けていることを裏付けるものである。
ロ 被告は、本件命令において、甲事件原告新開につき、<1>製鋼工場機械運転掛において、配線図が読めない等整備業務に必要な知識、技能、技術が他の者と比較して劣っていたこと、<2>同掛において、トラブルの未然防止のための故障の発見や事後の処置による掛長表彰が、他の者が月平均一ないし二件であったのに対し、甲事件原告新開は、年間で二件程度であったこと、<3>業務改善について、他の者が昭和五九年から四年間で平均一四件であるのに対し、甲事件原告新開は二件であったこと、<4>基盤整備センターにおいて、他の者が七ないし八種の資格を取得していたのに対し、甲事件原告新開は三種しか取得していないこと、<5>同センターにおいて、職場で必要な建設重機車両等の資格免許を取得していないことを認定した上で、甲事件原告新開に対する乙事件原告の査定が恣意的、主観的であったと判断することはできないとし、同人に対する評価が不当に低いものであったとまでは認められないとするが、以下のとおり、明白な事実誤認である。
<1>については、機械運転掛においてクレーンの自家保全体制が取り入れられたのは昭和四五年一〇月からであるが、研修を受けてきた工長、次長クラスを中心にクレーンの自主整備が進められ、徐々に掛全体で実習が行われていったのであって、甲事件原告新開のみが知識、技能、技術が劣っていたことはあり得ない。
<2>については、甲事件原告新開以外の者が掛長表彰を月平均一ないし二件受けていたというのは明らかな誇張である。そもそも表彰の前提となるクレーンの故障自体それほど頻繁に起きるものではない。昭和六〇年度の故障時間は、掛全体で一か月あたりわずか六分に過ぎない。
<3>については、業務改善提案は、そもそもグループで提出するものが多く、個人で出すものを加えたとしても甲事件原告新開以外の者が一四件で、甲事件原告新開が二件ということはあり得ない。グループで提出したものを含めれば、甲事件原告新開の件数はもっと多いはずであるのに、乙事件原告が意図的に隠しているのである。
<4>については、甲事件原告新開は三種しか資格を取得していないと認定するが、同人が取得している資格のうち、移動クレーン免許、クレーン免許、デリック免許、玉掛免許をまとめて一つとして計算しているだけで、他のガス溶接技能講習修了証、高所作業運転教育修了証、自動二輪免許と併せて、七個の資格を取得しているのである。
<5>については、平成二年四月に基盤整備センターが発足した時点で新たに配属された五〇名中、一〇名は建設重機車両資格を取得していない。
(四) 甲事件原告竹本に対する不当労働行為の有無
被告は、甲事件原告竹本については、その主張する事実を概ね認定しているが、以下、甲事件原告として強調すべき点を述べる。
(1) 甲事件原告竹本の優れた技術及び能力
甲事件原告竹本は、昭和四二年から平成二年にかけて、天丼(ママ)クレーン運転免許、ガス溶接免状、電気工事士免状、危険物取扱者免状(乙四類)、高圧電気工事技術者試験合格、第三種電気主任技術者免状、高圧ガス製造保安責任者丙種化学(特別丙化)免状、二級ボイラー技士免状、第一種電気工事士免状及びアーク溶接免状を取得している。このうち、第三種電気主任技術者免状の取得は難関であり、それを持っているのは、取得当時掛内では甲事件原告竹本の他は工長一名のみであった。また、甲事件原告竹本は、整備技能教育(電気)及び専門技術研修基礎学力講座(数学、物理)を受講しているほか、日本電気技術者協会の協会員となっており、整備技能コンクール(製図部門)で優良賞を得た。また、QCサークル活動においては、昭和五七年に七件のテーマを完成した。そのテーマは、同五八年の所のQC運営委員会の対象となり、優秀賞が五件、特別賞が二件となった。特別賞の二件は所長賞も受け、そのうち一件は、鉄鋼連盟のQC全国大会で、甲事件原告竹本がその発表をした。
(2) 甲事件原告竹本の掛試験における成績
甲事件原告竹本が、昭和五八年ないし昭和六〇年の掛試験において優秀な成績を収めており、これを不合格とした乙事件原告の取扱いについては合理性がなく、不当労働行為意思によってなされたものであることは、被告が本件命令において認定するとおりである。甲事件原告らは、昭和六三年から乙事件原告による昇格差別を是正する運動に取り組み始め、同年一二月に苦情処理委員会にその申立てをした。その後、平成元年度及び平成二年度の掛試験を受験したが、平成元年度においては、二科目の平均点が五八点という、昭和五八年ないし昭和六〇年の科目平均の八〇点以上(昭和六〇年においては九〇点を上廻る)を下回る点数であったにもかかわらず、予想外に掛の推薦を受け、平成二年度においては、工場試験及び所の試験まで合格し、主事昇格を果たしている。
(3) 以上のように、多くの資格を取得するなど、優れた技術、能力を有し、かつ、掛試験においても優秀な成績を収めてきた甲事件原告竹本が、入社二三年を経過した平成二年にようやく主事に昇格したこと、右昇格が甲事件原告らが昇格差別を是正する運動に取り組み出し、平成元年に被告に救済申立てをした後であること、甲事件原告竹本は、平成元年度及び平成二年度の掛試験においては、それ以前の掛試験よりも得点自体は低いにもかかわらず掛の推薦を受けることができたことなどの事実は、乙事件原告における主事昇格のための試験の恣意性、甲事件原告らに対する不当労働行為意思の明白性を裏付けるものである。
(五) 甲事件原告佐々木に対する不当労働行為
(1) 主事昇格における差別
イ 甲事件原告佐々木に対する支配介入等
昭和五七年、甲事件原告佐々木は、組合役員選挙において中央委員に立候補したが、それに対し、当時の労働掛長であった久米は、通勤途上の大形工場地下道において、甲事件原告佐々木に対し、「少数派からは何人立候補するんだ。会社に協力してくれんかね。」と申し向け、露骨な干渉、懐柔工作を行った。
甲事件原告佐々木が執行委員に立候補した昭和五九年の組合役員選挙の際も、久米は、わざわざ甲事件原告佐々木の職場まで来て、「どうだ、佐々木君、選挙には出るかね。会社に協力してもらえんかね。」と、立候補を断念させるための干渉行為をした。また、同年七月二八日には、保安係の杉江氏が、甲事件原告佐々木のもとに第一次選挙の情報収集に来た。
また、甲事件原告佐々木が職場において安全衛生員などの役職に就くとなると、他の労働者への影響をおそれた乙事件原告は、それまでの慣行を無視して、上司の指示により甲事件原告佐々木を同役職から外した。
被告は、本件命令においてこれらの重要な事実を無視しただけでなく、堺製鐵所全体における甲事件原告佐々木と同期入社の四三人につき、入社後一九年、二五年経過時における主事昇格の割合について、乙事件原告の主張を証拠もなく認定し、偏った事実認定をしている。また、被告は、入社後二五年の時点における主事昇格の割合が九一パーセントであり、全員が主事資格を有するわけではないから、年功による主事昇格は認められないとするが、主事に昇格しない者の中には、推薦の前提となる掛試験を受験しない者が多く、これらの者を除外すれば、甲事件原告佐々木を除くほぼ全員が主事に昇格しているのである。乙事件原告による差別は、掛における推薦をしないことによって主事昇格の道を閉ざすというものであるから、甲事件原告ら各人が所属する掛ごとの推薦と昇格実績の実態を認定して判断する必要があるところ、被告は本件命令においてそれを全く無視している。
ロ 大形工場精整掛における年功序列的運用
甲事件原告佐々木の所属する大型工場精整掛においては、昭和五一年以降平成四年までの主事昇格者は、一部の例外を除いて早い者で勤続一四年、普通で一八年までの昇格を果たしており、乙事件原告全体の平均的昇格時期とされる一九年に近い年功序列型の運用である。例外的に田川博三が勤続二二年、野村精二が勤続二九年でそれぞれ昇格しているが、これは両者の勤続年数を考慮しての無試験での昇格である。
平成四年以降も、勤続二二年の仲田満治、勤続二一年の阪田誠宏、志田旭、勤続二〇年の山田主税、勤続一九年の辻本圭生、勤続一八年の西田博昭、清水和市が主事に昇格しており、右の年功序列型の昇格傾向が継続している。甲事件原告佐々木より入社が前の従業員はほぼ全員が主事昇格を果たしており、大形工場精整掛において主事昇格を果たしていないのは、ほとんどが入社一九年以下の者だけである。甲事件原告佐々木より前に入社した者で、主事に昇格していないのは四名のみであるが、間宮雄司、小野憲二及び安西幸二は、試験を受けていないので推薦の前提を欠く者であり、栗本弘治は、常昼勤務しかできないというハンディがあるという、いずれも主事昇格をしない客観的理由が存在する者たちである。なお、釘島秋信、長迫一美はすでに退職している。
しかるに、甲原告事件佐々木は、入社後一五年を経過した昭和五八年から毎年度掛試験を受験し続けており、勤務も平均的に誠実に病欠せずに従事してきているにもかかわらず、入社後二八年たっても、一度も掛の推薦を受けることなく、主担当にとどまっている。大形工場精整掛において、勤続二四年以上の従業員で主事に昇格していないのは、甲事件原告佐々木のみであり、それは乙事件原告の差別的取扱いの結果である。
ハ 大形工場精整掛における掛試験の恣意性
乙事件原告が何ら合理的な理由もなく恣意的に提出した甲事件原告佐々木の平成元年度における試験結果のみを考慮し、その試験が不公正といえないことをもって不当労働行為が成立しないとした被告の本件命令は誤りである。平成元年分が保存されているのであれば、その後の年度の結果も乙事件原告に保存されているはずであるし、他の甲事件原告らについては昭和五八年度以降数年間の結果を提出しているのに、甲事件原告佐々木についてのみ提出しないというのは、掛試験の不公正さが判明するからである。
被告は本件命令において、精整掛における平成元年度の筆記試験の一般科目において、他に三点を取った者がいること等から、甲事件原告佐々木の一点という得点も不公正な採点の結果とはいえないと認定するが、一般科目で三点であったAは、他の科目も軒並み低得点であるのに対し、甲事件原告佐々木は他の四科目が比較的高得点であるにもかかわらず、一般科目のみが低得点であることから、Aとは同列に論じることはできないし、そもそもいずれもその答案用紙自体が提出されていないのであるから、適正な基準に基づく採点であることは、何ら立証されていない。のみならず、甲事件原告佐々木は筆記試験の合計得点では五位(この年度の掛の推薦者は五名)であるにもかかわらず、作文を含めると七位に、面接を含めると八位になるのであるが、乙事件原告は、このような低い評価を受けた作文の内容や採点基準は全く明らかにしないし、面接に至っては何ら根拠を示さない。
甲事件原告佐々木が掛の推薦を受けられなかった直接の原因が作文や面接にあり、これらの採点は、筆記試験にもまして、乙事件原告による恣意が入りやすいものである。また、甲事件原告佐々木が乙事件原告に対して不合格の理由や各試験科目ごとの成績について問い合わせても、乙事件原告はそれらに一切回答せず、本件申立て後に初めて、しかも平成元年度分に限って明らかにした。
大形工場精整掛においては、試験で一定水準の得点をすることが推薦の絶対的な条件ではなく、実際には、前述のとおり、平成二年四月に田川博三が、平成三年四月には野村精二が、いずれも掛の試験を受験せずに掛の推薦を受け、主事に昇格している。両名の昇格につき、乙事件原告は、統括を一年以上行った者について推薦するという基準を設けたと主張するが、統括にするかどうかは全く乙事件原告の裁量であるから、何ら客観的な推薦基準ではなく、貢献度昇格基準による救済措置の昇格である。
これらの事実は、精整掛における掛試験の恣意性及び甲事件原告佐々木に対する乙事件原告の差別意思を裏付けるものである。
(2) 賃金及び賞与の考課査定における差別
甲事件原告佐々木には、日常業務において明確に指摘できるマイナス評価を受ける具体的事実は一切ないにもかかわらず、甲事件原告佐々木は、毎期の基本給の査定や、職務給、職務考課給、業績給、賞与の査定といった日常査定においても、少数派の組合活動をしているという理由で不当に下位に位置づけられた。平均よりも〇・一五以上も下回っており、一貫して低い成績点しかついていない。
イ 多能工化と日常の考課査定
被告の本件命令は、右査定が乙事件原告の差別意思に基づくものではないとするにつき、甲事件原告佐々木はオンラインに配置されず、易しい仕事しかできなかったこと、すなわち、多能工化の能力が欠如していたことを指摘する。
しかし、甲事件原告佐々木の所属する大形工場精整掛において、多能工化の評価、すなわち、オンライン、オフラインという仕事の配置は、日常の査定には何ら影響がない。甲事件原告佐々木の配属されていたことがある欠補班は、食事交替時に連続操業を続けるために、各オンラインにあるセクションに入り、食事交替時の間その職務を果たすというものであり、まさにその間オンライン上の職務を行っているのである。また、職務ランク上も、精整掛としては、どの職務もすべてBランクで同じであり、査定上マイナス評価を受けるような配置にあったわけではない。
また、甲事件原告佐々木がオンラインの配置でなかったのは、単に乙事件原告がそのような配置をしただけであり、甲事件原告佐々木の能力の問題ではない。
ロ パソコンによるデータ処理の有用性
被告の本件命令は、低い査定を正当化するため、甲事件原告佐々木が作成したプログラムを利用したパソコンによるデータ処理は、掛ではそれほど使用された(ママ)いなかったとするが誤りである。パソコンによるデータ処理は、精整掛において十分に役立っていた。
甲事件原告佐々木は、進んでコンピューターの初級プログラマーの講習を受講し、COBOLの初級を修了した。そして、当時配属されていた検査職場で定期的に全職員を対象にした再現性検査のデータをすべてパソコンの表計算ソフト(ロータス123)で処理し、さらにBASIC言語で独自に作製したプログラムで職場別プロットをシステム化した。
これによって同職場では、それまで手動計算で行っていたデータ処理の飛躍的な効率化(手動では一〇時間かかっていたものを二時間で処理)が図られ、現場工長から高い評価を受けた。掛で使用されなかった事実があるとしても、それは、甲事件原告佐々木が機動班に配転になるときに、検査担当者にそのノウハウを伝授したが、検査担当者のパソコンについての能力が低かったために、以後、甲事件原告佐々木の開発したものが十分に活用されなかっただけである。
また、甲事件原告佐々木は、機動班に移ってからも、同じくワープロ内蔵の表計算ソフトを利用して職場の日報管理を手順化し、それは掛の技術資料として毎月利用された。それまでは、日報管理は三人の従業員が三、四時間も残業をしていたのに比べて、効率化が図られたのである。
四 乙事件原告の主張(争点1について)
乙事件原告における主事昇格は、毎年一回行われ、その主事昇格のための資格昇格試験が毎年実施される。したがって、主事昇格は昇給等にかかる使用者による考課査定とは全く異なるものであり、その都度独立した行為であり、それ自体完結する一回限りの行為である。甲事件原告竹本が昭和五八年、五九年、六〇年度に掛試験を不合格にされて掛の推薦を受けることができなかったことは、そのおのおの時(ママ)点で完結しており、乙事件原告のそれぞれの不推薦行為の時点から一年を経過すれば、それに関する救済申立てが不適法となるのは、労働組合法二七条二項の趣旨から明らかである。
主担当、主事等の資格区分は、乙事件原告から期待される経験、能力レベルを表す区分であり、主事は工長の役職に任命するために必要な格付けであることに重点があり、賃金を直接的に決定する目的の区分ではない。主事昇格試験は、「工長又は工長職務に従事し、その職務を標準的に遂行する経験、能力を有する」かどうかを客観的に判定するためものである。主担当から主事に昇格しても、賃金額は主担当に適用する賃金表から主事に適用する賃金表へ平行的に移動するだけで、本質的には変化がない。すなわち、主事に昇格した場合、同じ資格区分にある同僚との相対評価による成績査定によって賃金額が決定されるのであり、一般的には、主担当として上位の評価を受けても、主事になった直後は下位の評価しか受けられない。また、仮に昇格において差別的取扱いをしたとすれば、昇格試験に合格しなかったということで、その意図は辞令の不交付により具体的に実現されることになるのであり、賃金の支払と関係なく従業員が明確に知りうるのであるから、右昇格差別と賃金の支払との直接的な結びつきはないのである。
また、給与の査定においては、その査定に基づく給与の支払が一定期間継続的に行われるので「終了」(労働組合法二七条二項)が観念できるが、資格昇格においては、そもそも「終了」というものが観念できない。
甲事件原告竹本の救済命令申立ては、平成元年七月であるから、平成元年四月における主事昇格(昭和六三年一二月から平成元年二月にかけて、掛試験、工場試験及び所の試験が実施される)のみが申立期間内の救済対象となる。各不推薦行為は、昇格の前年一二月ころの掛試験の結果であり、遅くとも工場試験がある当年一月には完結しており、被告が救済を命じた昭和六三年四月の昇格にかかる不推薦行為は、昭和六三年一月には完結していたはずであるから、平成元年七月二六日の甲事件原告竹本の本件申立てより一年以上前のものである。
被告が、被告のいう救済対象期間よりさらに三年ないし五年前の行為、すなわち昭和五八年度ないし昭和六〇年度について各年度ごとに独立し、完結している掛試験において甲事件原告竹本を不合格とした乙事件原告の行為にまで遡って救済の対象とした点は、結果的に申立てから見ると四年ないし六年前の試験による選考という独立かつ完結した行為を不当労働行為として、それを昭和六三年四月に救済したことになり、各年度の試験による資格決定行為の一回性、独立性、完結性を無視し、労働組合法二七条二項の解釈を逸脱した違法なものである。
したがって、被告が、本件命令(主文第1項、第2項)において、甲事件原告竹本に関して昭和六三年四月以降の救済を命じたのは、労働組合法二七条二項の解釈適用を誤った違法なものであり、取消しを免れない。
五 被告の主張
1 争点1について
(一) 労働組合法二七条二項に定める不当労働行為救済申立期間について、従業員の資格昇格の格付けとこれに基づく賃金の決定及び賃金の支払は、一体として一個の不当労働行為をなすものと見るべきである。そうすると、使用者側の不当労働行為による資格昇格の格付けがなされ、これに基づいて賃金が支払われている限り、不当労働行為は継続することになる。したがって、当該格付けにかかる不当労働行為の救済申立てが、資格昇格の格付けがなされたことによって支払われた賃金の最後の支払時から一年以内になされたときは適法というべきである。甲事件原告らの本件申立てについては、最初の申立てがなされた平成元年七月から一年前に支払われた昭和六三年七月の賃金と関連する同年四月における格付け以降の資格昇格にかかる救済申立てが適法である。
(二) 乙事件原告は、乙事件原告における主事昇格は、試験の選考によってなされ、毎年一回限りの独立かつ完結した行為であると主張する。
しかし、乙事件原告の人事制度においては、資格区分と職務層区分とは一定の対応関係にあり、主事資格は基本的には工長の職務を遂行するものとして位置づけられているものの、必ずしも厳密には連動していない。例えば、主事資格を有する者は、工長職務に就くことを基本としつつも、昇格以前にすでに従事している一般職に就く場合もある。他方、賃金制度において、資格区分毎に基本給本給の昇給基準額額(ママ)が異なるなど(例えば、昭和六三年度においては、主事資格が二三四〇円、主担当が一八四〇円。なお、賞与に関しても、支給率に資格区分による差を設け、同年度においては、主事資格が二・〇七四九、主担当が一・九一八〇)、資格区分が給与の額に及ぼす影響が非常に大きい。その格付けが賃金決定と密接に関連しているというべきであるから、昇給差別における判断と区別して論じる必要はなく、被告のこの点に関する判断も正当である。
2 争点2について
(一) 甲事件原告らが、乙事件原告内の組合において、組合主流派を労使協調路線であるとして批判するグループを構成し、組合主流派の方針や乙事件原告の合理化に対して批判活動をしてきたことは認めるが、主事昇格のための試験制度は、雇用後一九年の経過で自動的に昇格する制度ではないし、制度自体が不公正なものであるとはいえない。
(二)(1) 甲事件原告隅部は、昭和五九年度以降においては、唯一、平成二年度に掛試験には合格しているが、成績順位は常に低位であり、優秀だと認められる事実がなく不当労働行為とはいえない。
甲事件原告隅部の賃金考課査定は、昭和六一年から平成四年まで、いずれも平均以下であったが、徐々に上昇はしている。職務遂行状況については、運転ミスを何回か起こしたり、改善指導等の提案件数が少なかったこと、操作の難しい圧延機等に習熟しなかったこと、これに苦情処理委員会での査定理由が上司の評価と概ね同じであること等から、考課査定が掛長の恣意に基づく不当に低いものとは認められず、不当労働行為は認定できない。
(2) 甲事件原告新開は、昭和六三年度と平成二年度の二回、掛試験を受けたが不合格であり、平成二年度の成績は受験者中最下位であることなど、優秀だと認められる事実がなく不当労働行為とはいえない。
甲事件原告新開の賃金考課査定は、昭和六三年から平成四年まで、いずれも平均以下であった。職務遂行状況については、整備業務に必要な知識や、技能が他者より劣っていたこと、業務改善提案が他者より少ないこと、技術に関する資格取得数が同僚より少ないこと等から考課査定が掛長の恣意に基づく不当に低いものとは認められず、不当労働行為は認定できない。
(3) 甲事件原告佐々木は、昭和五九年度から平成四年度まで掛試験を受けたがいずれも不合格であった。成績が明らかなのは、平成元年度のみであるが、採点の不公正性は断定できず、不当労働行為とは認められない。甲事件原告佐々木の賃金考課査定は、昭和六三年から平成四年まで、いずれも平均以下であった。職務遂行状況については、オンラインの仕事がマスターできなかったことや他の同僚と比較して効率性や正確さが劣っていたこと等から考課査定が掛長の恣意に基づく不当に低いものとは認められず、不当労働行為は認定できない。
(三) 以上のとおり、被告のした本件命令は正当である。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(申立期間)について
1 被告は、甲事件原告らの本件救済命令申立において請求した資格昇格及び賃金の是正については、従業員の資格昇格の格付けとこれに基づく賃金の決定及び賃金の支払が一体として一箇の不当労働行為にあたり、本件救済命令の最初の申立てがされた平成元年七月から一年前に支払われた昭和六三年七月の賃金と関連する同年四月における格付以降の資格昇格にかかる救済申立てが適法であるとし、賃金差別にかかる申立てについては、考課査定とその査定に基づく毎月の賃金の支払が一体として一箇の不当労働行為にあたり、平成元年七月から一年前に支払われた昭和六三年七月の賃金が同年四月の査定の結果として決定されたものであるとして、同月以降の賃金にかかる救済申立てが適法であるとして、同年三月以前の資格昇格並びに賃金及び賞与にかかる救済申立てを却下したのであるが、甲事件原告らは、同年三月以前の資格昇格の格付及び考課査定についても、全体として一箇の不当労働行為にあたると主張し、他方、乙事件原告は、甲事件原告らが救済を求めた主事への昇格は毎年の昇格試験によって実施される一回限りのものであるから、その不合格によって推薦を受けることができなかったときは、その時点で完結するものであるとして、昭和六三年四月の昇格にかかる不推薦行為は同年一月には完結したので、救済の申立期間を経過していると主張する。
2 そこで、まず、甲事件原告らが救済を求めた主事への昇格についてみるに、前述のとおり、主事への昇格は、毎年、掛長において掛試験を行い、その合格者を工場長に推薦し、工場長において工場試験を実施し、その合格者が所の試験を受け、さらにその合格者が当年度の四月に主事に昇格するものであるところ、賃金については、資格昇格による職務の変更によって影響を受けるものの、資格昇格自体は職務担当のための資格の格付けであり、毎月の賃金額の決定はそのための考課査定という別個の行為に基づくもので、毎月の賃金の支払と一体となるものとはいうことができず、資格昇格の格付けについては、毎年行われる一回かぎりの行為であり、そのための試験の結果が顕在化した時点で完結するものというべきである。そうであれば、甲事件原告らの資格昇格についての救済申立ては、掛試験に不合格となり、工場試験の推薦を受けることができなかった時点で完結したものであり、本件救済命令申立については、昭和六三年七月以降の昇格の格付けにかかる救済申立て、具体的には同年一二月ころ以降に行われた掛試験以降のもののみが適法であり、それ以前の資格昇格の格付けにかかる救済申立ては不適法である。
被告は、乙事件原告における資格区分が賃金に及ぼす影響は非常に大きく、その格付けが賃金決定と密接に関連しているというが、原則的に資格区分は職務の変更を伴うものであることからすれば、これをもって、資格昇格の格付けと賃金額の決定及び支払を一体のものとみることは相当でない。
甲事件原告らは、資格昇格の格付けについて、試験の結果だけでなされるものではなく、それ以前の日常の査定をも考慮され、従来の差別による低い査定が推薦を受けられない理由となっているとして、全体が一貫した不当労働行為意思に基づく一箇の不当労働行為であると主張するのであるが、昇格させるかどうか、すなわち試験の合否については、その試験の都度判断されることがらであって、それ以前の日常の査定が考慮されるとしても前年の試験とは別個の行為であることは明らかであり、一貫した不当労働行為意思に基づく場合であっても、労働組合法二七条二項が救済申立てを行為の日(継続する行為あってはその終了した日)から一年に限った趣旨をも考慮すれば、従前の資格昇格の格付けに関するものを含めて一箇の不当労働行為とすることはできない。
以上によれば、本件命令が、甲事件原告らについて、昭和六三年三月以前の主事昇格に関する申立てを却下した部分は適法であり、その取消しを求める甲事件原告らの請求部分は理由がないが、甲事件原告竹本について救済を命じた昭和六三年四月の資格昇格についてはその試験についての不推薦行為は同年一月には完結したのであるから、これについての救済の申立ては労働組合法二七条二項の申立期間を経過していたものであり、不適法というべきであったから、これについて救済を認めた本件命令主文第1項及び第2項は違法というべきであり、取消しを免れない。
3 昇給に関する不利益取扱いについては、一回の考課査定とこれに基づく毎月の賃金の支払が一箇の不当労働行為となるものである。甲事件原告らは、考課査定について、前年の考課査定を前提として査定されるうえ、一貫した不当労働行為意思に基づく行為であるから、一連の査定行為と賃金の支払がすべて一体として一箇の不当労働行為にあたると主張するのであるが、具体的な賃金を発生させる根拠となるのはこれに対応する考課査定であり、この両者については一体とみることは可能であるものの、右査定にその前年以前の考課査定が影響を与えているとしても、これは右具体的な賃金の発生根拠となっているものではないし、それぞれの査定は各々別個の行為であって、継続する行為ということはできない。一貫した不当労働行為意思に基づくというだけでこれらの各査定が一箇の不当労働行為となるとすれば、結局は長期間の行為全体を救済手続の対象としなければならなくなるのであって、申立期間を限定した法の趣旨に反する。
甲事件原告らは、差別的取扱いがされたときは、使用者にはこれによる差別的状態の除去義務が生じ、差別的状態が継続するかぎり、右除去義務が継続するから、差別的状態が生じてからその除去がなされるまでが一箇の継続する行為である旨主張するのであるが、このような解釈は申立期間を限定した法の趣旨に反するもので採用できない。
また、賞与についても、その査定に基づく支払がそれぞれ独立して行われる一回限りのものであるから、これを他の時期の賞与又は賃金の不利益取扱いと一体として一箇の不当労働行為とすることができないことは、前同様である。
してみれば、甲事件原告らの賃金に関する申立てについは(ママ)、最初の救済申立てがされた日より一年前の昭和六三年七月に支払われた基本給本給、職務給、職務考課給及び業績給の各賃金は、同年四月に査定結果として決定されたものであるから、同月以降の賃金にかかる救済申立てが適法であり、賞与については、同年七月以降に支払われた賞与にかかる救済申立てが適法であり、それ以前の賃金及び賞与にかかる救済申立ては、労働組合法二七条二項の期間を経過したものとして不適法であり、本件命令のうちこれらを却下した部分は適法である。
二 争点2(甲事件原告らに対する不当労働行為)について
1 乙事件原告の不当労働行為意思等
(一) まず、乙事件原告の不当労働行為意思についてみるに、(証拠略)、甲事件原告隅部、同新開、同竹本及び同佐々木本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 甲事件原告らは、前述のように、組合内での少数グループを形成し、昭和四五年ころには職場新聞「ようこうろ」を発行するなどして活動していたもので、組合主流派に対しては批判的であり、乙事件原告からは、共産党系の左派グループとみなされていた。甲事件原告らのグループが発行する職場新聞は、昭和四七年から「仲間」、昭和五一年から「きさらぎ」、昭和六三年から「考える葦」と続き、「きさらぎ」は、日本共産党堺製鉄(ママ)職場新聞と称し、後には日本共産党堺製鉄支部発行としており、創刊ころの発行責任者名として甲事件原告隈部紀彦の名が記載されている。これらの職場新聞を見る限り、甲事件原告らのグループが組合主流派を批判するだけでなく、乙事件原告の経営合理化に反対し、また、その従業員の出向や配転に反対する姿勢を示していたことが窺える。
(2) 甲事件原告らが組合の役員選挙に立候補した状況が別紙(一)のとおりであることは前述のとおりであるが、昭和四三年の選挙においては、甲事件原告新開の推薦人となった林に対し、掛長や作業長から推薦を取り下げるように圧力が加えられたことがあり、昭和四六年ころから共産党泉州支部等の名前で出されたビラ等を配布して組合少数派としての活動をする甲事件原告らに対して、上司らからその活動に対する不快感を示す言動がされることも多くなった。昭和四七年の組合役員選挙において、甲事件原告新開が支部長に、甲事件原告竹本が転炉支部青年婦人部長に当選したが、乙事件原告は、これを好まず、その後の組合役員選挙において、組合主流派の候補者を支援し、その選挙運動に便宜を与えてきた。昭和六三年七月の組合役員選挙では、乙事件原告は、職場の安定、秩序維持のために左派グループに打撃を与える必要があるとし、職制に対して、組合主流派の候補者に対するバックアップ、職場における左派封じ込めを指示している。
(3) 昭和四七年ころには、造塊掛から機械運転掛へ移ってきた林掛長が、組合の支部長となった甲事件原告新開に対し、活動を止めるように求めたことがある。
また、昭和五七年ころ、甲事件原告佐々木に対しても、久米労働掛長から暗に組合役員選挙の立候補を止めるように求める働きかけがあり、昭和五九年にも、組合大形支部の副支部長であった榎園や久米労働掛長から、立候補に対する干渉がされた。
甲事件原告竹本に対しては、昭和五八年ころ、上司の横山工長が「お前は仕事も良くするしもったいないし、活動を止めんか。」「大江作業長が絶対に昇格させないと言っている。」と告げ、また、昭和五九年ころにも、岡本掛長が「お前は電気三種の資格を持っているし、仕事を良くするしもったいない。活動を止めんか。」と言って、少数派としての活動の中止を促した。
甲事件原告隈部に対しても、同原告が組合役員選挙に立候補したり、組合少数派としての活動をすることについて、掛長や作業長からこれを止めるように働きかけがされたり、そのような活動をする者は枠の外に置かれるとの忠告があったりし、その後一〇年を経過したころには、司城掛長、篠原作業長が、「これだけやって来たんだから、もうそろそろいいんじゃないか。」「わしに任してみんか。」などと言って、活動の中止を求めたことがある。
(二)(1) 乙事件原告における主事昇格について、甲事件原告らは、一定年限を経過すれば当然に昇格する制度であると主張するが、(証拠略)によれば、そのような当然の昇格を認めた制度とは認められないし、勤続二五年以上の者については、その昇格類型として、貢献度の高い者という類型があるものの、単に二五年の勤続で貢献度が高いとされるものではなく、中高齢者に対する救済制度として運用されるものではない。そして、(証拠略)によれば、その試験自体は、比較的厳正に行われており、不公正に実施されたとの事実は認めることができない。
しかしながら、(証拠略)によれば、掛試験は、工場試験受験者の推薦者を選考する目的で各掛において行われ、掛長が合否を判断するが、その時期や掛によっては必ずしも筆記試験を要しない場合もあり、また、試験科目、内容は、各掛に委ねられており、その掛や年度によって、試験科目も変わったり、作文や面接だけであったりすること、作文については、職場での問題点の指摘やこれに対する取組みに関する題材が与えられており、乙事件原告において優秀な答案として提出したものは、優れていないとはいえないけれども、その文章力が評価されたのか、解答者が実施してきたと記載する実績が評価されたのか、更には将来に対する決意表明が評価されたのか、その採点基準、他の筆記試験の結果との評価の配分などは必ずしも明確でないこと、また、合否即ち工場試験の推薦については、試験の結果だけではなく、平素の勤務成績も全く考慮外というわけではないこと、勤続二五年以上の者については、その貢献度も考慮事項であること、現実の推薦者も作文を除いた筆記試験の順位によっていないことが認められ、これらによれば、掛試験は掛長の裁量の幅が大きく、掛長の恣意の入りやすい試験であるということができる。
(2) (証拠略)によれば、工場試験、所の試験については、その試験の具体的な内容は明らかでないものの、作文を含む筆記試験又は面接試験がされることが認められ、また、右各号証によれば、平成元年ころには、面接試験で出向や配転に関する問題が出るとされており、これらの問題については乙事件原告に批判的であった甲事件原告らが乙事件原告に批判的な解答をした場合にどのように評価されるか明らかでないし、これらの試験についても裁量の幅は大きく、採点者の恣意の入りやすい試験であるといわなければならない。
(3) 堺製鉄(ママ)所全体において、甲事件原告らと同期に入社した者及びそのうち勤続二五年を経過した時点で主事以上に昇格した者の割合は、別紙(四)のとおり、八四ないし九四パーセントであり、堺製鉄(ママ)所全体で、勤続二五年以上経過した者のうち、主事以上に昇格している者の割合は、別紙(五)のとおり、昭和六三年度は八四パーセント、平成元年度は八九パーセント、平成二年度以降は九〇パーセントとなっていることは、前述のとおりである。
(証拠略)によれば、昭和六〇年四月におけるストリップ工場機械運転掛起重機班においては、勤続一七年以上の一八人中、主事となっていないのは、甲事件原告隈部のほかは鐘ヶ江満、宮津由夫、宮本順生の三人であり、その内一名は受験しない者であり、他の者は評価が非常に低い者であること、その内、工場試験への推薦を受けたこともないのは、甲事件原告隈部だけであることが認められる。また、(証拠略)によれば、甲事件原告新開が平成二年三月まで所属した製鋼工場機械運転掛においては、平成元年一一月一日の時点で、入社後三二年になる甲事件原告新開とその同期である中山知巳を除けば、主事に昇格していないのは、入社後二八年の磯野昌昭、、同二七年の唐仁原能弘及び同二二年の甲事件原告竹本らを含む六名のみであること、右中山知巳は掛試験を受験しないため昇格していないこと、右磯野昌昭及び唐仁原能弘は、甲事件原告新開と同じく少数派の組合活動をしていたこと、右両名は、平成二年度の掛試験を受験していないことが認められる。さらに、(証拠略)によれば、平成四年四月一日現在、同掛において甲事件原告佐々木より前に入社した者で主事に昇格していないのは、間宮雄司(昭和三七年四月入社)、栗本弘治(昭和三七年四月入社)及び小野憲二(昭和四一年三月入社)のみであり、甲事件原告佐々木より二年後の入社である安西幸二(昭和四五年四月入社)も主担当のままであること、間宮雄司は甲事件原告佐々木が主事昇格試験を受験し始めたときからすでに受験を止めており、栗本弘治も平成二年度を最後に受験していないこと、また、栗本弘治は体調の関係で三交替勤務に就くことができず、七、八年もの長い間、午前八時半から午後五時までの常昼勤務になっていること、小野憲二と安西幸二も、昭和五九年度の掛試験は合格したものの、所の試験で不合格となって以来、掛試験を受験しなくなったことを認めることができる。これらの事実によれば、主事昇格のための試験は、通常の能力がある者にとっては合格がさほど困難な試験ではなく、勤続二五年を超える者については、試験を受けない者や勤務成績が不良である者などを除けば合格する試験であるということができる。
(三) 甲事件原告竹本は、前述のとおり、昭和六三年まで、受験した掛試験をいずれも不合格となっているところ、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、次のように認められる。すなわち、その昭和五八年度の試験では、佐藤敏男、川村、安田及び坂本が合格し、その内、佐藤敏男と川村は所の試験にも合格したが、掛試験の成績は、佐藤敏男が一七一点(二〇〇点満点)、甲事件原告竹本が一六九点で二点の差しかない。昭和五九年度の試験では、安田、坂本、高城素直及び和田浩一の四人が合格したが、甲事件原告竹本の成績は、五〇〇点満点の四二五・五点である。なお、順位は不明である。昭和六〇年度の試験では、高城素直及び和田浩一の二名が合格したが、甲事件原告竹本の成績は、五〇〇点満点の四六七・五点である。甲事件原告竹本は、昭和六一年度及び同六二年度は、試験の公正さに期待がもてないとして受験しなかった。昭和六三年度の掛試験は作文のみの選考であり、谷口秋夫ほか一名が合格したが、成績は明らかにされていない。平成元年度は、救済申立て後であるが、二〇〇点満点の一一六点で合格し、工場試験に推薦された。平成二年度の試験は、筆記試験と作文であり、筆記試験の成績は甲事件原告竹本が四〇〇点満点の三〇三点で二番であり、他の一名とともに工場試験に推薦されたが、他の一名の筆記試験の点数は二三二点で四番であった。甲事件原告竹本は、この推薦により工場試験及び所の試験に合格し、平成二年四月に主事に昇格した。
右の甲事件原告竹本の掛試験の成績は、昭和五八年ないし同六〇年は高得点を得ており、判明している甲事件原告竹本より順位の上の者との得点差も殆どなく、後の合格時の得点と比べても、むしろ高いといえるのであるが、これに試験が前述のように上司の裁量の余地の大きい試験であること、そして、右試験当時における上司の甲事件原告竹本に対する発言とを併せ考慮すれば、甲事件原告竹本が昭和五八年度ないし同六三年度の掛試験において不合格となったことには、合理性を見いだすことは困難であり、同原告の組合少数派としての活動を嫌悪するがゆえに不合格とされたものということができる。
(四) 以上の事実に鑑みるに、日本共産党は、いわゆる共産主義を標榜する政党であるから、これに経営者が好感情を持たないことが多いのは当然であるが、乙事件原告においても、右のとおり、甲事件原告らが日本共産党系の組合少数派として活発に活動し、組合役員選挙に立候補するなどの活動をしていたことから、その勢力の拡大を恐れて、組合主流派に肩入れをするなどしていたものということができ、甲事件原告らの上司の右活動を止めるようにとの言動等は上司個人の言動というにとどまらず、乙事件原告の意図を実現しようとしたものというべきであり、甲事件原告竹本に対しては、明らかにその活動を嫌悪して掛試験を不合格にするという不当労働行為があったもので、これらからすれば、乙事件原告は、甲事件原告らのグループに対し、継続した不当労働行為意思を有していたものというべきである。
2 甲事件原告隈部に対する不利益取扱いの有無
(一) 不当労働行為意思
前述のとおり、甲事件原告らに対して、継続した不当労働行為意思が認められるところ、前述の甲事件原告隈部の組合少数派としての活動状況及び同原告に対する司城掛長、篠原作業長の言動からみて、乙事件原告は甲事件原告隈部に対して、不当労働行為意思を有していたものというべきである。
(二) 甲事件原告隈部に対する掛試験(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。
昭和六三年度における掛試験は、一般、安全、労働、数学、QC及び作文の科目について実施されたが、甲事件原告隈部の総合点は、三五〇点満点の一二三点で、掛内受験者四人中三位であった。平成元年度は、国語、数学、経営、労働、安全、一般の科目について実施され、甲事件原告隈部の試験の点数は、四八〇点満点の二一〇点であり、掛内受験者二人中二位であった。なお、他の一名の受験者は、甲事件原告らと組合に対する立場を同じくする久保田博昭で、掛試験に合格して掛から推薦されたが、工場試験では不合格となった。平成二年度の掛内受験者は、甲事件原告隈部と前記久保田博昭の二名であり、二名とも掛試験には合格した。甲事件原告隈部は、工場試験で不合格であったが、久保田博昭は合格し、主事に昇格した。平成三年度試験科目は、専門科目、一般常識、面接及び作文であった。掛内受験者は六名で、甲事件原告隈部の順位は不明である。平成四年度試験科目は、専門科目、一般常識、面接及び論文であった。掛内受験者は三人で、甲事件原告隈部の順位は不明である。
右のとおり認めることができ、これによれば、昭和六三年度、平成元年度とも、その掛試験における得点は低く、これは甲事件原告隈部の能力に疑いを生じさせるものではあるが、右各年度の試験の問題は不明で、その難易は明らかでなく、他の受験者との相対評価も不明であるし、平成二年度には掛試験に合格したこともあることからすれば、右各年度において、その得点だけから不合格が相当であったとの結論は出し難い。
なお、昭和五九年度及び同六〇年度における同原告の試験結果は非常に低く、掛試験を合格させる水準になかったことを認めることができるが、平成二年度には右合格水準にあったことは乙事件原告も認めるところであり、右昭和五九年度及び同六〇年度における同原告の試験結果をもって、昭和六三年度の水準を推し図ることは相当でない。
(三) 甲事件原告隈部の勤務成績
(証拠略)によれば、甲事件原告隈部は、昭和五〇年代に何度かクレーン運転において事故を起こしたことがあり、昭和六二年度より前のストリップ工場時代には、甲事件原告隈部は、改善提案、QCサークル活動に消極的であったこと、電気の配線図を読むことができず、クレーンの故障が起きたときの対処が十分にできなかったし、平成二年三月まで所属した大形工場分塊掛においては、起重機、装入機、インゴットバギー及びディーゼルの運転はできたものの、圧延機及びマニピュレータの運転には習熟しなかったこと、クレーンの整備(修理や不良個所の点検)が十分にできなかったこと、改善提案や安全危険予知活動が皆無であったこと、昭和六三年七月、装入機の運転中にスラブを落下させる事故を起こし、事故後の対応がよくなかったためにラインを長時間止めてしまったことが認められる。しかしながら、甲事件原告隈部が日常の作業を同僚と協力しあって進めていたこと、昭和六三年以降はクレーン運転に殆どミスが無くなり、危険予知活動にも積極的となり、圧延系作業もできて多能工化に対応できる状況となっていることが認められる。過去にミスの指摘が多い点については、甲事件原告隈部がいわゆる左派グループに属しているとみなされ、その行動に特に関心が寄せられていたことと無関係ではないというべきであるし、過去に事故を惹起したことも主事という資格昇格の障害事由とされているわけではなく、重大な事故を惹起した者でも主事に昇格した者はある。甲事件原告隈部らのグループについて継続的な不当労働行為意思が認められる中での、同原告に対する乙事件原告の評価は高くはないと推定されるが、右各事実によれば、客観的には、工場試験に推薦できないほどに、その勤務成績が不良であったとはいえない。
(四) 以上に鑑みるに、甲事件原告隈部は、昭和三六年六月に雇用された者で、昭和六三年には、勤続二七年となるが、前述のように、同人の属するストリップ工場機械運転掛起重機班においては、勤続一七年以上の一八人中、工場試験への推薦を受けたこともないのは、甲事件原告隈部だけであり、同原告の勤務成績も工場試験に推薦できないほどに不良であったとはいえないところ、乙事件原告が同原告に対しても不当労働行為意思を有していたことを考えれば、同年度以降の掛試験において同原告を不合格としたことには合理的理由がないというべきであり、これは同原告の少数派組合員としての組合活動を嫌悪してされた不利益取扱いであるといわなければならない。そして、同原告が通常の能力を有しないとまではいえないし、その勤務成績が不良であるともいえないことからすれば、同原告が掛の推薦を受けて工場試験及び所の試験を受験し、その試験が適正に実施されたならば、これに合格した可能性は高いと推認される。
以上によれば、同原告を主事に昇格させなかった乙事件原告の行為は労組法七条一項(ママ)に該当する不当労働行為というべきであり、本件命令のうち、甲事件原告隈部の昭和六三年以降の救済申立てを棄却した部分は違法なものとして取消しを免れない。
3 甲事件原告新開に対する不当労働行為の有無
(一) 主事昇格における不利益取扱いの有無
(1) 甲事件原告新開は、平成元年度については、掛試験を受験していないので、同原告が工場試験への推薦を受けられなかったことを同原告への不利益取扱いとすることはできない。なお、甲事件原告新開は、平成元年度の試験は、事前に試験日程を知らされておらず、試験当日の朝にその存在を知らされたため、やむを得ず受験を断念したと主張するが、(証拠略)によれば、同年度の掛試験は、昭和六三年一二月二八日という、例年より若干遅い時期に実施されたことが認められ、(証拠略)によれば、甲事件原告新開自身、例年の掛試験は一二月一五日ころまでに実施されていることは知っていたと認められるから、同人が当日の朝に掛試験を初めて知ったとは考えがたい。
(2) (証拠略)によれば、平成二年度における同人の成績は、筆記試験においてほかの四名の受験者が合計点でそれぞれ上位から三二五点、三〇三点(これは甲事件原告竹本の得点である。)、二四九点、二三二点を取っている中で、合計一三二点(一般五〇点、専門八点、数学四〇点、国語三四点。いずれも一〇〇点満点)であること、作文においてもほかの受験者がそれぞれB、B(甲事件原告竹本)、B、Aの評価であるのに対し、Cの評価を得ていることが認められる。甲事件原告新開の試験成績は、作文の評価を除外しても、甲事件原告竹の半分に及ばない得点であって、作文自体も低い評価を受けてもやむを得ない程度のものであったというべきであり、同原告に対して乙事件原告が不当労働行為意思を有していたことを考慮しても、同年度において推薦を受けなかったことはやむを得ないところであり、これをもって不当労働行為ということはできない。
右の試験結果からすれば、昭和六三年度の掛試験において不合格となったことも、それが不合理であるとする事情はなく、これを不当労働行為ということはできない。
(3) 甲事件原告新開は、平成三年度及び同四年度は、無試験で工場試験に推薦されたのであるが、これに不合格となった。甲事件原告新開の同期入社の者の九割が入社二五年の時点で主事に昇格していることは前述のとおりであり、主事昇格の試験が、通常の能力があり、勤務成績が不良でないものについてはさほど困難な試験でないことは前述のとおりではあるが、同原告がかつて受験した際の成績は著しく低いし、右推薦も試験によるものではないことからすると、掛試験よりは難しいとされる工場試験、所の試験を甲事件原告新開が合格し得たであろうとする根拠はなく、結局、右不合格をもって不当労働行為ということはできない。
(二) 考課査定における差別
(1) 製鋼工場機械運転掛当時(平成二年三月まで)の職務遂行状況等
(証拠略)によれば、甲事件原告新開は、クレーン運転免許を取得し、ガス溶接技能講習修了証も取得していたものの、配線図が読めない等、整備業務の知識、技能が不十分であったこと、昭和六一年度ないし同六三年度において、事故災害防止のための故障の発見や改善提案等による掛表彰を一度も受けていないこと(甲事件原告竹本は昭和六二年度に「安全キーマン賞」の一位で表彰されている。)、昭和六二年度の改善提案では甲事件原告竹本を含むほかの従業員が多くの件数を提案し、また、採用されているのに対し、甲事件原告新開は提案自体〇件であったことが認められる。
なお、整備業務の知識、技能が不十分との被告の認定につき、甲事件原告新開本人は、何ら客観的証拠がないと述べるが、同人は平成二年度の筆記試験の専門科目において、一〇〇点満点中わずか八点しか得点できておらず、このことは整備業務の知識の不十分さを裏付けるものである。
(2) 整(ママ)備室基盤整備センター当時(平成二年四月以降)の職務遂行状況等
(証拠略)によれば、ほかの者が七ないし八個の資格を有していたのに対し、甲事件原告新開は三個しか有していなかったこと、同センターでは、平成二年に五一名全員が新たに配置され、資格取得講習会の開催等の研修を実施してきたが、甲事件原告新開のみ同センターの業務で必要な建設重機車両の資格免許を取得していないことが認められる。
なお、(証拠略)によれば、甲事件原告新開は、現在では、多くの資格、免許等を有していることが認められるが、その中で本件の職務遂行状況が問題となる平成四年三月までに取得しており、かつ、職務に関係するものは、起重機運転士(クレーン、移ク(ママ)レーン、デリック、玉掛)、ガス溶接技能講習のみであるから、職務遂行状況に関する前記認定を左右するものではない。
(3) 不当労働行為の成否
別紙(一二)のとおり、昭和六三年度以降の甲事件原告新開に対する基本給本給の昇給、職務考課給及び賞与における考課査定の結果は、平成元年度下期及び平成二年度における職務考課給が平均であるのを除いていずれも平均を下回っている。そして、甲事件原告新開が昭和四七年に組合の支部長になってから、造塊掛から来た林掛長に活動を止めるように求められた等、乙事件原告から甲事件原告新開に対して支配介入的言動がなされたことも前記認定のとおりである。
しかし、昭和六三年度以降の賃金体系のもとでの査定幅の大きさを考慮すれば、甲事件原告新開の査定結果がそれほど低いとはいえないし、前記認定の製鋼工場機械運転及び設備室基盤整備センターにおける職務遂行状況から甲件原告新開が平均より高い評価を受けてしかるべきとは言い難い。以上に加えて、同じく少数派の組合活動をしていた甲事件原告竹本の昭和六三年度以降の査定の結果が平均を上回るものも多いことを総合すれば、甲事件原告新開に対する低査定と、同人の少数派組合活動との間に因果関係を認めることはできない。したがって、不当労働行為があったとはいえないとする被告の判断は正当である。
4 甲事件原告竹本に対する不当労働行為の有無
甲事件原告竹本に対する不当労働行為については、その昭和六三年以前の申立てを却下した本件命令が適法であることは前述のとおりであるから、これについて判断する必要はない。
5 甲事件原告佐々木に対する不当労働行為の有無
(一) (証拠略)によれば、甲事件原告佐々木は、昭和五八年度以降、毎年掛試験を受験し続けているが、平成四年度に至るまで一度も掛推薦を受けていないことが認められるところ、その掛試験の結果は、平成元年度掛試験におけるもの以外は明らかでない。(証拠略)によれば、同年度の甲事件原告佐々木を含む受験者の成績が別紙(一五)<略>のとおりであり、同原告は、筆記試験において一九五点満点の九八点という点数であり、全受験者九名中五位であったものの、作文は、九名中最下位であり、筆記試験と作文の総合順位で九名中八位となったこと、そして、五位までの者が工場試験に推薦されたこと、被推薦者の中には、筆記試験の得点が八八点の者もあり、筆記試験の得点だけからすれば、甲事件原告佐々木は推薦されるだけの知識を有していたことを認めることができる。また、試験内容は、経営合理化を問うといった問題を含み、これに批判的な者の解答について客観的な評価がされたかどうかは疑問であり、作文については、その採点基準、他の筆記試験部分との評価の比重等は明らかでなく、右試験結果だけから、佐々木が不合格となる合理性は明らかでない。
(二) (証拠略)によれば、甲事件原告佐々木は、ことあるごとに手帳にメモし、また、出向の打診を受けたり、他の職場に応援に行った際にその期間の延長を打診されたとき、これを断ったことがあり、上司にとってみれば扱いにくい人物ではあるが、天井走行クレーンの運転免許、危険物乙種第四類免許、高圧ガス製造保安責任者丙種化学免状、第一種及び第二種電気工事士免許、電気溶接平付け免許等の資格を有し、乙事件原告の主催するコンピューターの初級プログラマーの講習を受講し、COBOL初級を修了し、その知識を活かし、再現性データ処理のプログラムを作成し、パソコン集計による時間短縮を実現したほか、日報管理を表計算ソフトを利用して可能にしたり、一定の成果を上げていることを認めることができる。なお、(証拠略)によれば、大形工場精整掛作業長として甲事件原告佐々木の上司であった金子清は労働委員会における審問において、甲事件原告佐々木は、鋸断工程及び鋸断には配置できないなど、その能力が低い旨述べるが、その理由とするところは、主に経験がないというに過ぎず、これによって同原告の能力が低いとまで認めることはできない。
(三) 以上に鑑みるに、甲事件原告佐々木は、その平成元年度の試験結果は高くはないにしても、工場試験への推薦ができないほど低いものであったとまでいえないし、それまでの試験結果は明らかでないものも(ママ)、同程度のものであった可能性は高い。そして、同原告が各種資格を取得しているところからすれば、同原告が基本的な能力を有していることは認め得るし、その勤務状況も低くはないのであって、これに乙事件原告が甲事件原告らに対して継続的な不当労働行為意思を有し、前述のように、甲事件原告竹本及び同隈部について現に不利益取扱いをしていることを考慮すれば、甲事件原告佐々木についても、その掛試験についても不利益取扱いがされたものと推認すべきである。そして、前述した同原告の能力、勤務状況を考慮すれば、同原告が掛の推薦を受けて工場試験及び所の試験を受験し、その試験が適正に実施されたならば、これに合格した可能性は高いと推認される。
(四) 以上によれば、同原告を主事に昇格させなかった乙事件原告の行為は労組法七条一項(ママ)に該当する不当労働行為というべきであり、本件命令のうち、甲事件原告佐々木の昭和六三年以降の救済申立てを棄却した部分は違法なものとして取消しを免れない。
第四結論
よって、乙事件原告の訴えに基づき本件命令主文第1項及び第2項を、甲事件原告隈部及び同佐々木の訴えに基づき、本件命令主文第4項のうち、甲事件原告隈部及び同佐々木の救済申立てを棄却した部分をいずれも取り消し、甲事件原告隈部及び同佐々木のその余の請求及び甲事件原告竹本及び同新開の各請求を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 谷口安史 裁判官 和田健)